第四十五回記念吉例顔見世 夜の部

夜の部も引き続き「仮名手本忠臣蔵」です。

五段目 山崎街道鉄砲渡しの場、同二つ玉の場

六段目 与市平衛内勘平腹切の場

七段目 祇園一力茶屋の場

十一段目 高家表門討入りの場、同奥庭泉水の場、同炭部屋本懐の場

五段目は昼の部の最後に登場した早野勘平が主人公となります。

勘平のためにお軽の身売りの話をとりつけ、前金の50両を手に帰途を急いでいたお軽の父与市兵衛を、斧定九郎が殺し50両を奪います。

その定九郎を、狩りをしていた勘平が猪と間違えて撃ち殺してしまいます。

夜更けのことで相手が誰かもわからぬまま、勘平はつい死人の懐から財布を抜き取ってしまう。

そこから悲劇が始まります。

六段目では、50両を用意し仇討ちの仲間入りができると喜んでいた勘平が、昨夜殺してしまった相手が義父であったことを知り(勘違いなのですが)、さらに結局仇討ちの仲間には入れられないとの由良之助の言葉に絶望していく様子が、大変哀れです。

そして、決して金のために義父を殺したのではないということを証明するために、勘平は腹を切ります。

昼の部の判官の切腹と違い、ここには作法もなにもないため、切腹という言葉を使わず「腹切」となっているのだそうです。

七段目は、お軽が売られていった先のお茶屋さんが舞台となります。

敵をあざむくため、遊びほうける由良之助。

茶屋で遊ぶ男の色気と、しかし腹の中では亡君の仇討ちを固く決意している忠臣を演じなければならないということで、難しい役とされているのだそうです。

由良之助が密書を読む場面はとても有名で、いかにも歌舞伎といった、絵になる場面です。

十一段目は討ち入り。

志を遂げた浪士たちのすがすがしい姿で幕となります。

解説にもありますが、忠臣蔵は主従関係のみならず、恋人、親子、兄弟、さまざまな人間関係が描かれていて現在の私たちにも通じているため、古さを感じさせません。

通し狂言で観ると、より鮮明に江戸時代からのメッセージが伝わってくるような気がします。

歌舞伎ってステキです。

早野勘平:片岡仁左衛門、女房お軽:片岡孝太郎、斧定九郎:片岡愛之助、千崎弥五郎:坂東彌十郎、不破数右衛門:市川左團次、寺岡平右衛門:中村橋之助、遊女お軽:中村福助、大星由良之助:市川團十郎

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第四十五回記念吉例顔見世 昼の部

今回の顔見世は、「仮名手本忠臣蔵」を通しで観ることができます。

昼の部は

大序 鶴ヶ丘社頭兜改めの場

三段目 足利館門前進物の場、同松の間刃傷の場

四段目 扇ヶ谷塩冶判官切腹の場、同表門城明渡しの場

浄瑠璃 道行旅路の花

題名に「仮名」とあるのは、「真名」に対しての「仮名」であり、つまりは史実ではなく虚構ですよという意味もあるそうです。

もともとは、元禄14(1701)年に浅野内匠頭が吉良上野介に斬りかかったことに端を発し、翌15年に赤穂浪士たちが亡君の仇討ちを決行したという歴史的事実ですが、この事件を題材として1784年に人形浄瑠璃として発表されたのが「仮名手本忠臣蔵」でした。

江戸時代において敵討ちは違法とされていたので、時代や場所や名前を変えて、あくまでも虚構として上演されていたようです。

しかし、観ているお客さんはそんな事情はすべて承知の上で、大星由良之助は大石内蔵助のことだなとか、高師直は吉良上野介のことだなと置き換えながら、怒ったり笑ったり泣いたりしながら観劇していたのでしょう。

さて、大序は一連の事件の伏線の部分にあたりますが、この演目が人形浄瑠璃からきたものであるということを感じさせてくれる素敵な演出となっています。

三段目では、もともと桃井若狭之助に向かっていた高師直のいびりの矛先が、塩冶判官に向かうことになります。

「お家断絶」をちらつかせながらの師直の罵倒に、必死に耐えながら、しかし武士の誇りをズタズタに傷つけられた塩冶判官がついに刃傷に及ぶ緊迫した場面です。

四段目は、その塩冶判官の切腹と城の明け渡しです。

慣例により、この幕は始まると30分間入場することができません。

「焼香場」と呼ばれ、役者も観客も、その場にいる全ての人が、厳粛な雰囲気の中、塩冶判官の切腹を見届けることになります。

由良之助の到着を待ちわびる塩冶判官、主君存命のうちにと必死に駆けつける由良之助、その姿は涙を誘います。

道行は、そういった主君大事の場に、恋人との逢瀬のため居合わせることのできなかった早野勘平が、そのことを悔いながら恋人お軽とともに旅をする場面が舞踊として描かれています。

四段目や道行はこれまでにも観たことがありますが、とくに道行は、通しで観ると勘平の後悔がよく伝わってくる気がします。

昼の部は10時45分開演ですが、10分ぐらい早めに席についていたほうがいいですよ。

ちょっとおもしろいものが観られます。

大星由良之助:市川團十郎、高武蔵守師直:市川左團次、塩冶判官高定:中村橋之助、顔世御前:中村福助、腰元お軽:片岡孝太郎、早野勘平:片岡仁左衛門

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名古屋平成中村座 夜の部

一、傾城反魂香(けいせいはんごんこう)

二、極付幡随長兵衛(きわめつきばんずいちょうべえ)

三、元禄花見踊(げんろくはなみおどり)

昼の部とは打って変わって、シリアスな雰囲気の演目が続きます。

座席も1階席のうしろの方だったので、一緒に行った母曰く、「昼と比べると『がまん』だね」。

さて、「傾城反魂香」は、確か以前に橋之助さんの又平で観たことがあります。

口が不自由であるがゆえに、土佐の名字を貰いたい旨や想いをなかなかうまく伝えられない又平。

彼の代わりに師匠に必死に願い出るおとく。

夫婦の情愛の深さに心打たれる演目です。

勘太郎さんと、七之助さんが演じます。

勘太郎さんの真面目さがうかがえるような又平でした。

「極付幡随長兵衛」は、明治の作品だそうです。

江戸時代を舞台にして明治時代に作られた演目を、平成中村座が公演するというのもなかなかおもしろいですね。

劇中劇や湯殿の立ちまわりなど、ちょっと変わった演出もあります。

橋之助さん演じる長兵衛は登場からしていい男で、いかにも江戸っ子の親分という感じです。

その親分が妻や子に別れを告げる場面では、潔いなと思う反面、現代人のわたしとしては、自分から罠にかかりに行くなんてばかだなとも思います。

それでもやっぱり家族との別れは辛かろうとほろりときました。

長松がめちゃくちゃかわいかったです。

そして、わたしは自分で思っていたより橋之助さんのことが好きかもしれないということに気がつきました。

いい男です。

「元禄花見踊」は、華やかな雰囲気の踊りです。

わたしは踊りはとても好きですが、もしあまり好きではないという人であっても、これは最後まで見たほうがいいと思いますよ。

帰りは名古屋城の東門から出ることになると思いますが、そのときぜひ後ろを振り返ってください。

昼とは違った雰囲気の名古屋城が見られるはずです。

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名古屋平成中村座 昼の部

昼の部は「隅田川続俤(すみだがわごにちのおもかげ) 法界坊」です。

法界坊:中村勘三郎、甚三郎:中村橋之助、要助実は松若:中村勘太郎、野分姫:中村七之助、正八:片岡亀蔵、勘十郎:笹野高史、権左衛門:坂東彌十郎、お組:中村扇雀

「鯉魚の一軸」を中心に、松若と、その許嫁の野分姫、松若と恋仲にあるお組、そのお組を恋い慕う男たちが物語を作っていきます。

とくに、悪党なんだけどなんだか憎めない法界坊は、勘三郎さんが演じるだけに余計魅力的に見えてきます。

歌舞伎とは思えないような演出、アドリブもふんだんに盛り込まれています。

正八が女性に迫るときの「にらみ鯱」は見ものです(笑)

勘三郎さんが他の出演者たちをいじるのも楽しいです。

前半「はたしてこれは歌舞伎だろうか」というくらい自由に動き回っているように見える役者さんたちですが、お芝居が進むうちに次第に雰囲気が変わってきて、最後はいかにも歌舞伎という感じでビシッと締めてくれます。

観客を楽しませようとする気迫みたいなものが伝わってきました。

きっと初めて歌舞伎を観る人から、歌舞伎を見慣れている人まで満足のいくお芝居ではないかなと思います。

さすが勘三郎さんです!

「中村座」でしか味わえないような演出も盛りだくさんです。

思わず「おー!」と言ってしまう場面がいくつもありますよ。

それは見てのお楽しみ!

幕が引かれてからも拍手は鳴り止まず、ふつう歌舞伎にはないカーテンコールがありました。

そしてこれまたふつう歌舞伎にはないスタンディングオベーション。

平成中村座ならではですね。

歌舞伎を見始めて15年(!)のわたしですが、とても新鮮な気持ちで歌舞伎を感じることができました。

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名古屋平成中村座 その1

行ってきました、「名古屋平成中村座」!

よかったぁ、よかったよぉ。

名古屋城の敷地内に作られたあの芝居小屋に入るだけでも価値があると思う!

江戸時代の芝居小屋の雰囲気を少しでも感じられるようないろいろな工夫が為されています。

なんと言っても、飲み食いしながら芝居を観られるのがいい。

実際は芝居に夢中になってしまうのでそんなに飲み食いする暇はないのだけど、それでもそういうお約束になっているのがいいではないですか。

お弁当は、入場してから(建物の外で)買うことができます。

しかも、幕間にスタッフの方がお弁当の空まで集めてくれます。

トイレもめちゃくちゃきれいです。

公演記念グッズもいろいろあって、いつもは筋書きしか買わないわたしが、思わずTシャツまで買ってしまいました。

そうだ、一つだけ注意点。

会場内は写真撮影禁止です。

撮りたくなるくらい素敵な会場だけど、マナーは守りましょう。

それぞれの演目の感想は明日以降ってことで。

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「ムサシ」

作:井上ひさし、演出:蜷川幸雄、音楽:宮川彬良。

宮本武蔵:藤原竜也、佐々木小次郎:小栗旬、筆屋乙女:鈴木杏、沢庵宗彭:辻萬長、柳生宗矩:吉田鋼太郎、木屋まい:白石加代子、平心:大石継太。

巌流島の決闘というものものしい場面から始まるので、なんだか重苦しいお芝居なのだろうかと思いきや、おもいっきり笑わせてくれます。

五人六脚の場面や、まいの過去の告白の場面は、腹を抱えてしまうほど、思わず額に手をやってしまうほどです。

「そんなばかな」

ということが続き、「でもお芝居だからありなのかな」と思いながらみていると、やっぱり最初の自分の感想が正しかった、というなんだか二重構造的なおもしろさがありました。

そして、「そんなばかな」という状況にもかかわらずしっかり巻き込まれていく武蔵と小次郎の姿はとても滑稽でした。

その滑稽さは、剣の腕を競うことに躍起になることの無意味さにも通じる気がします。

客観的に物事を見るといろいろなことに気づけます。

新たな一歩を踏み出すことも。

さて、役者陣は蜷川さんの舞台ではお馴染みの人たちばかりで、安心してみることができました。

叩いたり叩かれたり、引っ張ったり引っ張られたり、体を張ったコミカルな演技もとても素敵でした。

贅沢な舞台でした。

おもしろかったです。

(5/5 梅田芸術劇場シアター・ドラマシティ)

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陽春花形歌舞伎 「雷神不動北山櫻」

不動明王、鳴神上人、早雲王子、粂寺弾正、安倍清行の五役を、市川海老蔵さんが演じます。

「雷神不動北山櫻」というのは通し狂言としてのタイトルで、歌舞伎十八番として知られている「毛抜」「鳴神」「不動」はこの狂言の中の一幕ということになります。

「毛抜」や「鳴神」はこれまでに何度も観ている演目ですが、通しで観ると、なるほどこういうつながりがあったのかとおもしろく感じられます。

今回は、海老蔵さんが五役を演じ分けたり、幕が開くと普段の歌舞伎ではあまりないことがあって嬉しかったり、一階の特別席に座っているとちょっといいことがあったりと、海老蔵さんのお客さんに対するサービスが満載です。

「毛抜」「鳴神」のおもしろさは言うまでもありませんが、その他の場面、とくに朱雀門王子最期の場の立回りはたいへんな迫力でした。

また、登場人物たちも個性豊かで、もともと「毛抜」の粂寺弾正は大好きなキャラクターなのですが、今回、安倍清行ものらりくらりとしていてなかなか良い味を出しているなあと好きになりました。

海老蔵さんが演じているからなおさらでしょうか。

早雲王子の悪人ぶりや、鳴神上人の真面目さとのギャップもいいのかもしれません。

海老蔵さんは出突っ張りで、早変りあり立回りあり、男に迫ったり女に迫ったり(笑)。

善人も悪人も演じ分けていて、なんというか、全く妥協せずに全身全霊をこの舞台に捧げているようなそんな印象を受けました。

カッコイイです、海老蔵さん。

何回でも観たい! と思うような興奮する舞台でした。

(4/5観劇)

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「A COMMON BEAT」

NPO法人コモンビート主催のミュージカル。

社会人を中心とした出演者達100人が、100日をかけて作り上げる舞台なのだそうだ。

4つの大陸から成る世界。

互いの存在を知らなかった人々が、あるとき他の大陸の存在に気づき交流を始める。

しかし、それを不安に思う人々も現れて…というストーリー。

異文化理解、共生をテーマとしたミュージカルだ。

出演者やスタッフたちの熱い思いが伝わる舞台だった。

世の中にはおもしろいことをやっている人たちがいるなあと思った。

そもそもどうしてこのミュージカルを観に行くことになったかというと、うちの高校の卒業生で現役大学生のみっちーが誘ってくれたからである。

土曜日、お昼に待ち合わせをして、学生が経営するというカフェでランチをした。

そこで彼女のさまざまな活動の話を聞いて感心した。

いろいろなところに飛び込んで、いろいろな人と知り合いになって、どんどん世界を広げている彼女は、本当にすごいと思った。

しかも、まだまだでかくなりそうなのでとても楽しみ。

「うちのボランティア部と協力してなにかしようぜぃ」と2人で盛り上がり、そのあとみっちーの知り合いのフェアトレード商品を扱っているお店に向かった。

大きなお店の中に一つ二つフェアトレード商品が並んでいるのは今までにも見かけたことはあったけど、フェアトレードの専門店みたいな場所は初めてだったのでとても新鮮だった。

お店の方も大変気持ちのいい人で、コーヒーをご馳走になりながらいろいろな話をした。

オレンジチョコレート、シナモンチョコレート、スリランカ産のセイロンアールグレイ、それとガザパレスチナ自治区緊急支援クッキーを買った。

このクッキーは、バターを使わずにオリーブオイルを使っている。

パレスチナ・オリーブを化学薬品を使わず低温圧搾して作られている上質のオリーブオイルなのだそうだ。

オリーブ栽培を強化することで、パレスチナ人が自立し、人々が対等に共存していける社会を作っていこうという活動の一環だということで、一袋買ってみた。

重曹を使っているので、なんだか懐かしいような味がした。

それから愛知県勤労会館に向かった。

なんだかみっちーと過ごした半日はすべてつながっていて、彼女の過ごしている毎日をダイジェストで見せてもらったような気がした。

わたしもがんばらねば! と勇気をもらった一日でした。

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「野田地図 第14回公演 パイパー」

野田秀樹作・演出。

ダイモス…松たか子、フォボス…宮沢りえ、ワタナベ…橋爪功、キム…大倉孝二、ビオラン…北村有起哉、ゲネラール…野田秀樹、ガウイ…田中哲司、フィシコ…小松和重、マトリョーシカ…佐藤江梨子、パイパー…コンドルズ

1000年後の火星を描いたお芝居。

数値化される「幸せ」を受け入れる人々を見て、わたしは自分の感覚をどこまで信じられるだろうか、ということを考えた。

例えば、野菜をめぐる問題。

食べるための植物を野菜というのだから摂取するのは当然だという自分の感覚を、あるいは、野菜を食べることを生きたものを食べる行為として忌み嫌う自分の感覚を、絶対だと信じられるのか。

例えば、人間が生きるためにすることをめぐる問題。

生きるために、幸せになるために人間に許されるのはどこまでか。

誰が決めるのか。

幸せを幸せと感じるその感覚は正しいのか。

右手と、それを止める左手と、どちらを信じたらよいのか。

そう考えていくと、なんだか頭の中がごちゃごちゃになってくる。

ただ一つぼんやりとわかるのは、世界を目に見える形で決め付けていく行為は無意味なのだろうということだ。

鎖骨に埋められたおはじきだってそう。

死後おはじきが残らないことは、自分という存在が残らないということとは違う。

人間は、そんなものがなくても希望を持ち続けて生きられる生き物なんじゃないかな。

自分の感覚や、目には見えないけどそこにあるモノなんかを、大切にしていきたいなぁと思った。

役者陣は、豪華な上に大変すばらしかったです。

言葉もありません。

幸せなひと時でした。

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第四十四回吉例顔見世 『藤娘』 『供奴』

夜の部最後は、『藤娘(ふじむすめ)』と『供奴(ともやっこ)』です。

『藤娘』は藤の精を中村扇雀さんが、『供奴』は奴駒平を中村翫雀さんが演じます。

『藤娘』は、とにかく舞台が華やかです。

舞台が明るくなったときに歓声があがるほど、一面に美しい藤の花が広がります。

そこに登場する藤の精もまた、藤の柄の着物を着、藤の枝を肩にして踊ります。

引き抜きもありますよ。

『供奴』は、拍子を踏みながら踊るところが見所で、なんだかこちらまでうきうきして、元気になって帰れるような気がしました。

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第四十四回吉例顔見世 『天衣紛上野初花 河内山』

夜の部、三つ目の演目は『天衣紛上野初花 河内山(くもにまごううえののはつはな こうちやま)』です。

河内山宗俊を坂東三津五郎さん、松江出雲守を中村錦之助さん、家老高木小左衛門を片岡我當さんが演じます。

「河内山」も何度か観ているお芝居です。

河内山宗俊の愛嬌のあるところに親近感を覚えます。

お金が好きで無理難題をふっかけたり、相手をばかにしたりすることもあるけれど、約束はちゃんと守るという、いい人なのか悪い人なのかよくわからない人です。

そして最後にはいいところは全部持っていってしまう、ちゃっかりした人です。

結果的には正義の味方みたいになっているけれど、中身は全然そうじゃない、ある意味とても人間味がある人物で、観ていて楽しいお芝居です。

三津五郎さんの宗俊は、お顔立ちからして使僧になったとき、より凛々しくシャンとするので、二幕目に出てきたときは一幕目とのギャップに「おおっ」となりました。

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第四十四回吉例顔見世 『修禅寺物語』

夜の部、二つ目の演目は『修禅寺物語(しゅぜんじものがたり)』です。

面作師夜叉王を中村富十郎さん、源左金吾頼家を中村錦之助さん、楓婿春彦を中村翫雀さん、夜叉王妹娘を中村扇雀さん、夜叉王姉娘を中村時蔵さんが演じます。

華やかな世界に憧れる桂、孤独な戦いを強いられる頼家、そして芸術家としての厳しさを持つ夜叉王の姿が、岡本綺堂の手によって描かれています。

とくに夜叉王は、芥川龍之介の「地獄変」に出てくる良秀を思い出させます。

岡本綺堂(1872~1939)と芥川龍之介(1892~1927)は同時代に生きた人です。

明治・大正という時代の転換期に、人間の内面に目を向けそれを表現した彼らは、本当にすばらしい作家であると思います。

このお芝居において唯一実在の人物である源頼家といえば、母方の祖父北条時政によって暗殺された悲劇の人。

その歴史的事実と、面作師の家族とを結びつけ、なんとも味わいのあるお芝居となっています。

配役がぴったりで、久しぶりに拝見する富十郎さんの声はやっぱりいいし、錦之助さんのすっきりした顔立ちが頼家の役柄にとてもあっていると思いました。

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第四十四回吉例顔見世 『鶴亀』

夜の部は、舞踊『鶴亀(つるかめ)』から始まります。

女帝を中村時蔵さん、鶴を中村梅枝さん、亀を中村萬太郎さんが演じます。

親子での出演です。

女帝の長寿を祈願するという内容で、大変おめでたい踊りです。

新春の晴れやかな雰囲気の中で、心地よい緊張感を持って踊られます。

宮中が舞台となっているからか、他の多くの歌舞伎の演目とは少し違った印象を持ちました。

時蔵さんの美しさの新たな一面を見た、という感じです。

梅枝さんと、萬太郎さんは御園座初出演とのこと。

20歳と19歳、これから大注目です!

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第四十四回吉例顔見世 『祇園祭礼信仰記 金閣寺』

昼の部最後の演目は『祇園祭礼信仰記 金閣寺(ぎおんさいれいしんこうき きんかくじ)』です。

此下東吉後に真柴久吉を中村錦之助さん、将監息女雪姫を中村時蔵さん、松永大膳を坂東三津五郎さんが演じます。

いかにも歌舞伎といった感じの、贅沢な設定です。

此下東吉とは史実で言えば豊臣秀吉のことですし、松永大膳は松永弾正のことです。

松永弾正は室町末期の武将で、主家を滅ぼし、13代将軍足利義輝を自殺させた人物です。

後に織田信長に降伏、その後叛いて敗北し亡くなったそうです。

というのは、家に帰ってきてから調べたことですが、知っていると、なるほど小田春永(史実では織田信長)が此下東吉を松永大膳のもとにやるという設定はこういう歴史を踏まえてのことなのだな、とちょっとおもしろくなります。

歴史的に大変有名な彼らをモチーフにしてのこの舞台は、金閣のセリ上げや井戸から碁笥を取る場面、雪姫が桜の花びらで鼠を描く場面が見どころです。

わたしは5列目の席でしたが、金閣のセリ上げは間近で観ると迫力があります。

雪姫が鼠を描く場面は2階席3階席から観てみたいですね。

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第四十四回吉例顔見世 『京鹿子娘道成寺』

昼の部、二つ目の演目は、『京鹿子娘道成寺(きょうかのこむすめどうじょうじ)』です。

白拍子花子を坂田藤十郎さんが演じ、大館左馬五郎照剛を中村翫雀さんが演じます。

今までにも『京鹿子娘道成寺』は何度か観たことがありますが、いずれも「道行より鐘入りまで」で、最後は花子が鐘の上できまって終わりというパターンでした。

今回は「道行より押戻しまで」で、ちょっと違った娘道成寺を観ることができました。

『京鹿子娘道成寺』はとても好きな演目の一つです。

私は踊りをしたことがないので専門的なことはわかりませんが、それでもこの踊りの大変さは少しわかります。

曲調は変わるし、手に持つものも変わるし(楽器もあったりします)、着物だって変わるし、最後は蛇体にまでなるし、そして何より清姫の思いを演じなければならないし、とにかく大変なのです。

その分、観ている方は楽しいのですけど。

藤十郎さんの喜寿記念ということで、本当におめでたいことです。

それにしても、喜寿ということは七十七歳ということですがとても信じられません。

踊りもお肌もお若い!!

どうしたらあんなに若くいられるのか、後学のために教えていただきたいくらいです。

ちなみに幕間の時間、ロビーには扇千景さんがいらっしゃいましたよ。

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第四十四回吉例顔見世 『天満宮菜種御供 時平の七笑』

昼の部、まずは『天満宮菜種御供 時平の七笑(てんまんぐうなたねのごくう しへいのななわらい)』です。

左大臣藤原時平を片岡我當さん、右大臣菅原道真を坂東彦三郎さんが演じます。

菅原道真といえば、右大臣の位まで登りつめながら後に大宰府に左遷され、そこで生涯を閉じた悲劇の人です。

その後京都ではさまざまな天災が起こり、道真の祟りであると恐れられました。

今では学問の神様としてまつられています。

このもとを作ったのが藤原時平ですが、この演目の中では、いかにも人のいい貴公子として登場し、謀反人と責められる道真を庇います。

歌舞伎は、お化粧を見ただけでだいたい善人か悪人かわかるものですが、この演目に出てくる時平はパッと見、悪人には見えません。

歴史を知っているわたしたちとしては、ちょっと違和感のある感じです。

その時平が最後の最後に本性を現す、そこが見所です。

わたしは我當さんの演じる悪人が大好きです。

声が通って、迫力があって、観ていてとても気持ちいいのです。

ご本人曰く、七笑いどころではないようなので、どれだけの笑いがあるかを見てみるのも楽しいと思います。

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第四十四回吉例顔見世

第四十四回吉例顔見世 二代目中村錦之助襲名披露に行ってまいりました。

中村信二郎改め二代目中村錦之助さんを初めて拝見したのは、もう10年以上前のことです。

当時わたしは猿之助さんのスーパー歌舞伎や二十一世紀歌舞伎組のファンで(まだ十代でした)、そのとき澤瀉屋に在籍されていた信二郎さんを見たのが初めだったと思います。

シャンとした美しさが印象的で、すぐに顔と名前を覚えたのでした。

その信二郎さんが二代目錦之助を襲名され、御園座に御目見え。

すべて初役とのことです。

また、坂田藤十郎喜寿記念ということで、藤十郎さんが「京鹿子娘道成寺」を踊ります。

おめでたいことです。

それから、夜の部には富十郎さんが出演されます。

久々の御園座出演なので、とても楽しみにしていました。

詳しくは明日からちょっとずつ書いていきます。

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「トゥーランドット」

演出・振付:宮本亜門 音楽:久石譲 衣装:ワダエミ 脚本:鈴木勝秀 作詞:森雪之丞

トゥーランドット:アーメイ カラフ:岸谷五朗 ミン:早乙女太一 リュー:安倍なつみ 物売り:北村有起哉 ティムール:小林勝也 ワン:中村獅童

このスタッフとキャストを見ただけで、いかに豪華な舞台であるかがわかることでしょう。

久石譲さんの音楽がとにかくすばらしく、総勢60名のコーラスは圧巻です。

とてもミュージカルが好きでない人の作品とは思えません(笑

まあ、だからこそこんなすばらしい作品ができたのかもしれませんね。

わたしはミュージカルもストレートプレイも歌舞伎もなんでも好きなので、とても得をしているような気がします。

ミュージカルの良さは、説明が説明くさくならないところとか、複数の人の気持ちを重ねて表現できるところではないでしょうか。

第一幕の最後の「進むべき道」みたいなことを台詞でやったら、ただゴチャゴチャ騒がしいだけになってしまいます。

音楽というのはわたしたちの心に自然に響いてくるので、そういうゴチャゴチャしたものがスーッと入ってくる、そこがすてきだと思うのです。

しかも久石さんの美しい音楽!

衣装も舞台美術もとてもすてきで、目でも耳でも楽しませていただきました。

欲を言えば、前半のトゥーランドットをもっと冷酷な人間として描いてほしかったかなあ。

どうも、起承転結くっきりはっきりが好きなもので。

オペラのほうも観てみたいですね。

出演者は、これだけの人がそろえば何も言うことはなく、しかしとくにわたしは北村有起哉さんが好きなのでした。

くるくる動き回って、本当に大変な役だと思います。

カーテンコールは3回あって、アーメイさんがノリノリで、出演者を引っ張って挨拶させていたのが楽しかったです。

北村さんが早乙女太一くんにちょっかいかけていたりとか。

太一くんファンが名前を書いたボードを持っていたり、安倍なつみさんのファンが「なっちーっ」と叫んでいたりと、ファンの姿もまた興味深かったです。

もう一回観たい!

あと、CDも欲しい!!

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陽春大歌舞伎 与話情浮名横櫛

与話情浮名横櫛(よわなさけうきなのよこぐし)

伊豆屋与三郎を市川染五郎さん、源左衛門妾お富を中村芝雀さん、蝙蝠安を中村歌昇さん、和泉屋多左衛門を中村東蔵さんが演じます。

これも染五郎さんの美しさに見惚れました。

前半の若旦那姿、とくにお富見染の場の「羽織落し」は、型の美しさも相まって引き込まれますが、わたしの趣味としては、やはり後半の傷だらけの与三郎の危険な香りに魅かれてしまうのです(笑

前半とはあまりに違う姿に、人生の奥行きみたいなものを感じるからでしょう。

ひとつひとつの仕草に色気があってすてきです、染五郎さん。

また、ワル好きのわたしは安も好きです。

歌昇さんがワルっぷりを気持ちよく演じてくれます。

そのワルに対する、芝雀さん演じるお富もかっこいいですね。

さすが元芸者といったところでしょうか。

粋です。

たばことか、湯上りの化粧とか、当時の生活をうかがえる場面もあっておもしろいお芝居です。

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陽春大歌舞伎 閻魔と政頼

閻魔と政頼(えんまとせいらい)

鷹匠政頼を中村吉右衛門さん、閻魔の庁の赤鬼を中村松江さん、青鬼を中村種太郎さん、閻魔大王を市川左團次さんが演じます。

この舞踊劇は、狂言から材を得て、松貫四(中村吉右衛門)さんが歌舞伎仕立てにしたものです。

冥土にやってきた政頼が、生前の殺生をとがめられ地獄に落とされそうになる。

それをなんとか言い訳をしてパフォーマンスまでしてみせて、極楽に行こうとするお話です。

閻魔大王は恐いお方であるはずなのに、政頼に言いくるめられていく様子は滑稽で、その閻魔大王を左團次さんが愛嬌たっぷりに演じておられました。

ぴったりですね。

吉右衛門さんによると、政頼の態度は現代の世相にもつながるとのことで、なるほどとうなずかされました。

政頼が亡者となってしまった経緯はお気の毒というほかないのですが、彼のしたたかさを見ていると、人間って自分のこととなると頭が回るものよね、と苦笑いがこぼれてしまいます。

政頼が鷹狩りをしてみせる場面が見ものです。

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陽春大歌舞伎 松浦の太鼓

秀山十種の内 松浦の太鼓 (まつうらのたいこ)

松浦鎮信を中村吉右衛門さん、源吾妹お縫を中村芝雀さん、大高源吾を市川染五郎さん、室井其角を中村歌六さんが演じます。

赤穂浪士の討ち入りをめぐるお話はいくつもありますが、これもそのうちの一つ。

外伝的な内容で、当時の人々がいかにこの事件に注目していたかがわかります。

大石内蔵助はじめ、浪士たちが周囲の目を欺くために遊びほうけたり、町人に身をやつしたりしたという話はよく知られた話ですが、ここに出てくる大高源吾も煤竹売りとして生活をしています。

その話を聞いた松浦鎮信は怒りまくり、源吾の妹であるお縫や其角に当たり散らします。

いかに義に厚いとは言え、そして大石内蔵助との親交があったとは言え、所詮他人事ではないか、そんなに熱くなる必要があるのだろうか、などと現代人のわたしなんかは思うわけですが、「忠義」というのはそういうものなのでしょうね。

山鹿流の陣太鼓が鳴り響き、源吾の付け句の真意が明らかになったときには、鎮信は大喜びし、自らも出陣の支度を始めるのでした。

客観的に見ていると、感情をあらわにして怒ったり、喜んだりする松浦鎮信がとても愛嬌のある人間に思えてきました。

「お坊ちゃんやなあ」という感想は失礼でしょうか(笑

その鎮信を吉右衛門さんが感情豊かに演じておられます。

前半は哀れさを感じたり、ひやひやしたりしますが、とても楽しいお芝居です。

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陽春大歌舞伎 鬼平犯科帳

鬼平犯科帳 大川の隠居 (おにへいはんかちょう おおかわのいんきょ)

テレビドラマでもお馴染みの池波正太郎作「鬼平犯科帳」。

長谷川平蔵を中村吉右衛門さんが、船頭友五郎実は盗賊浜崎の友蔵を中村歌六さんが演じます。

わたしは鬼平に触れたのは今回が初めてだったのですが、なんというか、完璧な正義というのではなく、複雑な生い立ちを持ち、盗人に対しても人間的な情をもって接する鬼の平蔵に一気に惹かれました。

彼の正体を知らずに「鬼平」を悪く言う友五郎の言葉に眉を上げてみたり、友五郎が犯人だとわかっていながら正体を明かさず相手の反応を見て遊んでみたりと、茶目っ気があります。

一方で、表の部下である与力や同心と、裏の部下である密偵とをうまくまとめる、デキる上司でもあります。

そんな、火付盗賊改方の長官という立場でありながら人間臭さをただよわせる鬼平を、吉右衛門さんが大らかに演じておられます。

すてきです。

役者としての懐の深さを感じます。

笑いあり、ほろっとくる場面ありの、とても楽しいお芝居でした。

また、この演目の途中で、中村玉太郎改め中村松江さんの襲名の口上があります。

口上が独立してあるのも良いですが、こうして劇中にあると、劇と現実との切り替えが見られるのでおもしろいです。

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陽春大歌舞伎 ひらかな盛衰記

ひらかな盛衰記 源太勘當 (ひらかなせいすいき げんだかんどう)

梶原源太景季を市川染五郎さんが、腰元千鳥を中村芝雀さんが、母延寿を中村東蔵さんが演じます。

なんといっても、「鎌倉一の風流男」を染五郎さんがいかに演じるかが見ものです。

烏帽子に紅白の梅を挿して登場する姿は大変美しく見惚れます。

なよなよした柔らかさではない武人らしいしなやかさと芯の強さがうかがえる一方、時折見せる愁いを帯びたうつむきがちの目が彼の複雑な心境を表していて、これまたすてきです。

そして見ものといえば、東蔵さんの延寿がとても良かった。

武人の妻として夫の命令には従わなくてはならないという思いと、しかし、息子を切腹させたくはないという母としての思いに挟まれる延寿は、これも悲しみに暮れるだけの弱い女ではいけないわけで、強さの中に抑えきれない子への情を持った女性を重厚に演じておられた東蔵さんは本当にすばらしいと思いました。

また、家督を奪い兄の恋人をも奪おうとする弟景高は、絶対悪というのではなく、なんとなく甘ちゃんな感じで描かれています。

母にとってはどちらも大事な息子であり、どちらかを悪者にして憎むなんていうことはできないのですね。

そういう母心を考えて作られたキャラクターなのでしょう。

ハッピーエンドではないけれども、バッドエンドでもない、明日への希望を感じさせるようなお芝居でした。

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陽春大歌舞伎

御園座の陽春大歌舞伎に行ってまいりました。

今回は一日にまとめてチケットを取ることができなかったので、先週夜の部を観て、今週昼の部を観るということで、二週続けて御園座に通いました。

夜の部は2列目、昼の部は1列目で、それぞれほぼ中央の席での観劇です。

舞台全体を目に焼き付けるという楽しみはこの場合味わえませんし、床の様子もよくわからないので難は多少ありますが、それでも役者さんの姿を間近で拝見できるのはやはり幸せでございます。

出演は、中村吉右衛門さん、中村芝雀さん、中村歌昇さん、市川染五郎さん、中村歌六さん、中村東蔵さん、市川左團次さん、ほかの皆さんです。

昼の部は「ひらかな盛衰記」「鬼平犯科帳」。

夜の部は「松浦の太鼓」「閻魔と政頼」「与話情浮名横櫛」。

詳しくは明日から少しずつ書いていきます。

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「キル」

12月28日、シアターコクーンに「キル」を観に行ってきました。

野田秀樹作・演出。

テムジン:妻夫木聡 シルク:広末涼子 結髪:勝村政信 人形:高田聖子 フリフリ:山田まりや J・J:村岡希美 案内人/ヒツジ・デ・カルダン:市川しんぺー 旅人ポロロン:中山祐一朗 イマダ/蒼い狼:小林勝也 トワ:高橋恵子 バンリ/真人バンリ:野田秀樹

モンゴルのジンギスカンの侵略を、ファッション業界の攻防に見立てたお芝居。

ひとつひとつの言葉にも、また時間にも空間にも奥行きがあって、物語はどんどん厚みを増していく。

あちらこちらに広がったものが、結末に近づくにつれてひとつの場所に収束していく感じがした。

(以下、結末に少し触れますよ)

最後にテムジンは気づく。

一台のミシンの夢は人に制服を着せることではない、脱がせることだった、と。

そこから何を着るかは、着る人に任されるのだ。

「着ることは生きることだ」という言葉が、物語の冒頭とはまた違う意味合いを持ってわたしの中に入ってきた。

生まれた者は服を着る。

そして人は、大きな流れの中、自らの意志で脱いだり、思いがけないことがきっかけで脱いだり、時には無理やり脱がされたりして、また次の服を選び、着るのである。

そうやってわたしたちはわたしたちの命を生きていく。

一度着た服を脱ぐことは容易ではない。

その服を脱がせ、自由を与えるのがミシンの夢であるなら、それはなんと素敵な夢だろう。

テムジンがこれから生まれるところは自由であり、そういう意味ではモンゴルの青い空は象徴的である。

爽快感の残る舞台であった。

さて、今回のチケットはちなさんがとってくれたので、当日まで席を知らなかった。

開場前の早めの夕食のときにチケットと座席表を見て、目を疑った。

いちばん前じゃないですか~~!

しかもまん中ですよ。

実際、もう目の前1メートル先ぐらいで役者さんたちが演じているのだ。

物が飛んでくるんじゃないかとか、唾や汗がかかるんじゃないかとか、野田秀樹さんが勢い余って落ちてくるんじゃないかとか、舞台の一部になったような気持ちで見ていた。

ああ、でもこういうのが舞台の醍醐味よねぇ。

勝村さんは、何回観てもいい役者さんです。

なんていうか、お客さんをちゃんと意識してくれている気がする。

うまい演技を毎日同じようにするのはもちろん大切なことだと思うけど、それと同時に、その時だけしかできない演技を見せるのも舞台俳優さんとしては大事だと思うのですよ。

人間、同じにすることなんてできないし、同じにしようとすると絶対に変なブレーキがかかってしまうから。

そこらへん、勝村さんには遊びがあって、あっちにもこっちにも動ける感じがとても魅力的だ。

絶対目が合ったよぉ!!(←舞台を観に行くと毎回これ…)

広末涼子ちゃんは、かわいかった。

広末さんも妻夫木くんも、涙をつーっと流す場面があって、おぉさすが役者さんやなあ、と思った。

プログラムの冒頭、野田秀樹さんの文章がおもしろかった。

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「CATS」

12月28日、キャッツ・シアターに劇団四季の「CATS」を観に行ってきました。

もともとはT・S・エリオットの詩を題材として作られたこの作品は、「オペラ座の怪人」や「ライオンキング」のようにカッチリとしたストーリーがあるわけではない。

気ままに、でも確固たるプライドを持って生きる猫たちが歌い踊る、その姿を単に楽しめばいいのだと思う。

ただ、楽しいだけではないのがまた憎いところで、かつての栄光を懐かしむアスパラガスが他の猫に温かな眼差しで寄り添われているのに対し、同じように、老いて昔の美しさなど見る影もなくなってしまったグリザベラは周りから忌み嫌われ、誰も近寄ってこない。

自分の存在を否定されたグリザベラが情感を込めて歌う「メモリー」は心を揺さぶる。

中でも「私にさわって」というフレーズ。

触れるというのはとても簡単な愛情表現だ。

私の肌に触れてほしい、心に触れてほしいと願う気持ちは、多かれ少なかれ誰にでもあるものではないか。

その心の底からの叫びがなんだかいろんなものと結びついて、涙がこぼれてしまった。

さて、初めての「キャッツ」観劇。

劇場に入ったときに「わあ!」となって、舞台が回り始めて「わあ!!」となって、猫たちがあちこちから現れて「わあ!!!」となって、感激しまくりだった。

お気に入りのキャラクターは、ラム・タム・タガーとミストフェリーズ。

ラム・タム・タガーには、他の雌猫たちと同様「はぁ」とため息をついてしまった。

カッコつけやなあと思いながらも、だんだん本当にカッコ良く見えてくるから不思議ね。

ミストフェリーズには猫らしいクールなところがあってステキ。

しかもダンスが素晴らしくて(この日は金子信弛さん)、もうずーっと釘付けでした。

最後は猫たちが客席に来て握手をしてくれた。

カーテンコールの最後の最後にはラム・タム・タガーが会場を盛り上げて、「Thank you」と囁いた声にまたやられて、とても幸せな気持ちで劇場をあとにしました。

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「オセロー」

昨日、愛知県勤労会館に蜷川幸雄演出「オセロー」を観に行ってきた。

オセロー:吉田鋼太郎 デズデモーナ:蒼井優 イアゴー:高橋洋

シェイクスピア四大悲劇の一つ。

人間のもろさを見せつけられる舞台だった。

イアゴーの策略によってオセローの中の妻を疑う気持ちが広がっていくのはもちろんおもしろいのだけど、それと同時に、彼の中の自分に対する自信のなさが広がっていくのも興味深かった。

自分に自信があれば笑って済ませられることが、黒人であることやデズデモーナとの年の差(年の差についてはプログラムで松岡和子さんが触れている)というような“ひっかかり”を突かれ、それが広がっていき、次第に笑って済ませられなくなってくる。

大したことではないと思っていたことが、決して乗り越えられない大きな壁であるかのように感じられてくる。

一度失ってしまった自信を取り戻すのは難しいし、ましてや黒人であることや年齢のことは彼の力では如何ともしがたいものだ。

どうしようもなくなったオセローはデズデモーナにその怒りをぶつけるほかなくなる。

そう持っていくイアゴーはあまりに恐ろしく、彼を支える内に秘めた思いはどのようなものであるか、戯曲を読んでみたいと思った。

雑誌に、Othelloには「hell(地獄)」が、Desdemonaには「demon(悪魔)」が刻まれており、Iagoには「エゴ」の響きがあると書かれていた(戯曲には説明があるのかなぁ)。

すごいなあシェイクスピア。

さて、吉田鋼太郎さんも高橋洋さんも蜷川さんの舞台ではおなじみの役者さんたちで、吉田さんの声とキレっぷりはすばらしかったし、高橋さんのイアゴーはとても怖くて、「間違いの喜劇」のドローミオは別人だったんじゃないかと思うほどだった。

そして蒼井優ちゃん。

舞台の彼女は初めてだったのでどんな演技をするのか興味があったのだけど、とても良かった。

声は通るし、おもいっきりはいいし、雰囲気を持っている役者さんだと思った。

別の役も見てみたいなあ。

これからが楽しみだ。

悲劇なのでカーテンコールも落ち着いたものだったけど、達成感と若手二人を包み込むような温かさを感じさせる吉田さんの笑顔が印象的だった。

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第四十三回吉例顔見世 義経千本桜

義経千本桜〈よしつねせんぼんざくら〉川連法眼館の場

佐藤四郎兵衛忠信・佐藤忠信実は源九郎狐を市川海老蔵さんが演じます。

通称「四の切」と呼ばれ親しまれていますが、わたしは以前猿之助さんの狐忠信で観たことがあります。

演出には音羽屋型とおもだか屋型があるそうですが、今回はおもだか屋型ということで、海老蔵さんがどう演じるのかとても興味がありました。

そもそもわたしの歌舞伎観劇は猿之助さんから始まったのです。

スーパー歌舞伎、二十一世紀歌舞伎組の公演を観に行き、そのケレン味に魅かれ、次第に古典歌舞伎にも興味を持ち今に至るというわけです。

その猿之助さんの指導を受け、あの海老蔵さんが狐忠信をやるというのはなんだか不思議な感じがしました。

本物の忠信のときは「ふむふむ凛々しい姿は海老蔵さんにぴったりだ」と思っていたのですが、狐忠信が出てきたときには本当に驚きました。

まったく声も表情も立ち居姿も違うのです。

これが海老蔵さんか!? と目も耳も疑うほどでした。

早口にしゃべるかと思えば「くーーーん」と獣が鳴くように話す「狐言葉」や、アクロバティックな欄干渡り、早替り、さらには宙乗りまで、ケレン味あふれるお芝居です。

しかし、ただ観客を驚かせるだけの演出ではありません。

母を慕う狐の姿は涙を誘いますし、これが兄に疎まれ匿われている義経のもとでのお話だというのですから、義経の心境を慮るとまたどうしようもなく切なくなるのです。

にくい演出ではありませんか。

かわいいかわいいと頭を撫でてやりたくなるような狐忠信をどこまで海老蔵さんが演じられるのかと思っていたのですが(だって、海老蔵さんはカッコいいんだもの!!)、海老蔵さんだということを忘れるくらい狐忠信はかわいかったです。

「意外」が「意外」だけで終わらない、おもしろくてすばらしいお芝居だったと思います。

これは「歌舞伎は眠くなる」という人にもおススメの演目です。

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第四十三回吉例顔見世 達陀

達陀〈だったん〉

僧集慶を尾上菊五郎さん、青衣の女人を尾上菊之助さん、堂童子を尾上松緑さんが演じます。

東大寺二月堂のお水取りを舞踊化した作品です。

薄暗い中、大松明を持って人々が二月堂に向かうところから始まり、厳粛な雰囲気が劇場内に満ちます。

その後、堂童子の踊り、散華の行の様子が演じられ、いよいよ集慶が過去帳を読み上げます。

そこに女人が現れるのですが、これが記録に基づいたものであるということがおもしろいですし、さらにこの女人を集慶の元恋人若狭とし、集慶の煩悩の象徴とした演出もすばらしいと思います。

苦しい修行から逃げ出したいという気持ちは集慶といえどもどこかにあって、女人がその綻びを大きくしようと美しい舞いで誘惑します。

何回もくり返しますが、菊之助さんは美しいのです。

この吉例顔見世では3役演じられますが、「かさね」の累はかわいらしくおそろしい役ですし、「鳴神」の雲の絶間姫はデキる美女という感じですし、この「達陀」の女人は幻想的な女性です。

それらを演じ分け、それぞれの美しさを表現している菊之助さんはすごいです。

表情がしっかり見える特別席でほんとうに良かったv

さて、煩悩を断ち切り、集慶は踊り始めます。

このあたりからだんだん踊りが激しくなってきます。

そして圧巻なのが最後の群舞です。

歌舞伎の舞台があんなに人で埋め尽くされるのを見たのは初めてかもしれません。

群舞ということでイメージとしてはよさこいソーランを思い浮かべるといいかもしれません。

でも雰囲気はまるで違っていて、そこはやはり苦行。

重々しく激しい踊りは見ているわたしまでも我を忘れるほどでした。

達陀の行が終わると、また舞台は静かな場となります。

その静と動と時間の移り変わりが良くて、終わってから一緒に観にいった母と「すごかったねぇ、すごかったねぇ」と繰り返し言っていました。

歌舞伎にもこういう舞踊があったということに驚きました。

舞踊はちょっとわからないゎ、という人でもきっと楽しめると思います。

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第四十三回吉例顔見世 鳴神

歌舞伎十八番の内 鳴神〈なるかみ〉

鳴神上人を市川團十郎さん、雲の絶間姫を尾上菊之助さんが演じます。

朝廷への恨みのために雨を降らなくしてしまった鳴神上人のもとに雲の絶間姫がやってきて、色仕掛けで上人を誑かし、龍神を封じ込めた滝壺の封印を解くというお話。

歌舞伎十八番だけに、豪快な「柱巻きの見得」や「不動の見得」など見所満載です。

また、上人が絶間姫の色香に惑わされて堕落していく様子は、人間的というか庶民的というか、微笑ましくさえあります。

台詞やしぐさの中に思わずドキッ(にやっ??)としてしまうものもあって、「こ、こんなことを公衆の面前でやってしまっていいのか!」と恥ずかしくなってしまうほどです。

とくに、上人が胸に手をあてたときの菊之助さんの恍惚とした表情は絶品です。

この幕のイヤホンガイドの解説がおくだ健太郎さんで、おくださんの解説にはいつも笑わせてもらうのですが、「絶間姫のこの顔…(絶句)」には噴出しそうになってしまいました。

にしても、「鳴神」の初演は寛保2(1742)年といいますから、当時のこの演出(ほかにも水を口うつしで飲ませたり、着物の裾をまくったり)を観た人はびっくりしたのではないでしょうか。

それとも庶民の間では普通だったのかな。

見てはいけないもの、ふだんは見られないものをこういうところで見て喜んでいたのかもしれません。

本当の意味で娯楽だったんでしょう。

様式美として確立されているのでお下品な感じはありません。

とても美しいです。

團十郎さんの鳴神上人は重厚かつ瑞々しくてすてきでした。

「團十郎」の荒事はやっぱりいいもんですね。

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第四十三回吉例顔見世 権三と助十

権三と助十〈ごんざとすけじゅう〉

駕籠舁権三を市川團十郎さん、駕籠舁助十を尾上菊五郎さんが演じます。

江戸の長屋を舞台とした世話物。

序幕では江戸の人々や長屋の生活が描かれ、後半から第二幕にかけては、父の無実を信じ大岡越前守のお裁きに疑問を持った彦三郎、その相談を受ける家主の六郎兵衛、怪しい人物を目撃した権三と助十たちが、わらわらと動き次第に真相が明らかになっていきます。

江戸っ子らしい掛け合いや井戸替えの様子はとても興味深く、長屋の人々の近しい関係や支え合う姿がいいなあと思いました。

その近しい間柄を、團十郎さんと菊五郎さんが演じているのがまたいいですね。

菊五郎さんの世話物はリアルな「生活」を感じさせてくれるので大好きです。

團十郎さんがこういう演目に出るのは意外でしたが、さすが「團十郎」は江戸っ子でした。

悪役好きのわたしは、團蔵さんの勘太郎も憎ったらしくて好きでしたよ。

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第四十三回吉例顔見世 色彩間苅豆

色彩間苅豆〈いろもようちょっとかりまめ〉かさね

かさねを尾上菊之助さん、与右衛門を市川海老蔵さんという美男美女のコンビです。

不義密通の中となった二人。

黙って立ち去った与右衛門を追ってきたかさねですが、実はこの与右衛門はかさねの母と関係を持ち、父の助を殺したという相当な悪人なのです。

助の怨念がとり憑き醜い姿となったかさねを、与右衛門は鎌で切りつけて殺してしまいます。

プログラムによると、「色悪」である与右衛門という役柄は、二枚目を強調する演じ方と、悪に徹した演じ方があるのだとか。

以前観た仁左衛門さんの与右衛門は後者だったのでしょうか。

美しいのだけどひんやりしていて、冷徹な男という感じがしました。

それに比べると今回の海老蔵さんの与右衛門は、苦悩したり驚いたりする姿が人間味があるように感じました。

わたしはどちらかというと血も涙もないような与右衛門のほうが好みなので、次はそちらの海老蔵さんを観てみたいです。

でもまあともかくなんといってもやはり海老蔵さんは美しいです!

そして、菊之助さんも文句なく美しいです!

菊之助さんのかさねは初役とのことですが、年上の男に寄りかかる世間知らずの娘かと思えば、なんとしても男と心中しようと執念を燃やす女だったり、さらには男に裏切られた衝撃や恨みを次から次へと表現していくところに魅かれました。

あのしなやかさを支えているのは、きっとものすごい腹筋とか背筋なんでしょうね。

「かさね」は大好きな演目の上に、大好きな2人によって演じられたので、これはもう至福のときでしたv

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第四十三回吉例顔見世 毛抜

歌舞伎十八番の内 毛抜〈けぬき〉

粂寺弾正を尾上松緑さんが演じます。

奇妙なことばかりが立て続けに起こっている小野家に弾正がやってきて、次々に解決していくお話です。

謎解きがおもしろいし、何より弾正の人柄に惹きつけられます。

頭の切れる頼もしい男かと思えば、男にも女にも声をかけるようなちょっとだらしのない男だったりします。

以前、猿之助さんの弾正を観たことがあります。

楽しい弾正で、すぐにこのキャラクターが好きになりました。

ただの超人(こんな言い方は変ですが)ではなく、親しみやすい超人であるところが弾正の魅力でしょう。

この愛嬌のある男の余裕みたいなものを若い彼がどう演じるのかとても興味がありました。

碁盤の柄の着物に身を包み、堂々と登場する松緑さんはとても大きく感じます。

また、ぎょろっとした目が特徴的で、荒事にはぴったりだと思います。

そんな松緑さんですが、秀太郎や巻絹を口説く場面ではそのぎょろっとした目が細くたれて、いかにも色好みの男という感じでした。

松緑さんの弾正も好きになりそうです。

松緑さんのことは10年以上前から見ていますが、すごく進化しているような気がします。

たまたま成長の激しい時期を見てきたのでしょうけど、並大抵の努力ではないだろうと思います。

同年代としてこれからも応援していきたい役者さんです。

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第四十三回 吉例顔見世

今日は御園座に「第四十三回吉例顔見世」に行ってまいりました。

演目は、

昼の部

一、歌舞伎十八番の内 毛抜

二、色彩間苅豆 かさね

三、権三と助十

夜の部

一、歌舞伎十八番の内 鳴神

二、達陀

三、義経千本桜 川連方眼館の場

出演者は、尾上菊五郎、市川団十郎、市川左團次、尾上菊之助、市川海老蔵、尾上松緑などなど、大好きな方ばかり。

昼の部も夜の部も特別席がとれたので、もうこの日をずっと心待ちにしておりました。

全体的な印象としては、おもしろいもの、楽しいもの、力強いもの、はかないもの、恐ろしいもの…がぎゅっと詰め込まれた、とても見ごたえのあるものばかりでした。

とくに、夜の部の「達陀」と海老蔵さんが忠信を演じる「四の切」は新鮮で、もう1回、いやいや何度でも観てみたいと思いました。

しかし何と言っても、団十郎さんのお元気な姿を間近で拝見することができたのがいちばんでしょうか。

最近いろいろなお芝居を観ているけど、やはりわたしにとって歌舞伎は特別だなあと思いました。

シンプルだけど奥の深いところがいい。

見るたびに新しいことを発見できるのが楽しく、またあの美しさに魂を抜かれどんどん沈み込んでいくような感覚もたまりません。

各演目についての詳しい感想は明日からということで。

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「お気に召すまま」

今日はシアター・ドラマシティに、「お気に召すまま」を観に行ってきた。

蜷川幸雄演出のオールメール作品は、以前「間違いの喜劇」を観たことがあって、それがとてもおもしろかったのでついつい大阪まで行ってしまった。

感想は、やっぱりおもしろかった!

まず、男が女役をし、さらに男装するということ自体おもしろい。(「十二夜」もそんな感じでしたね)

ロザリンド役の成宮寛貴くんはそれはもうかわいくて、とくに男装してからがいじらしく、見事に恋する乙女を演じておられました。

シーリア役の月川悠貴さんは相変わらず美しかった。

女性かと見紛うほどの立ち居振る舞いと声。

気品ある女性とか、悩ましげな女性をさせたら一品です。

オーランドー役の小栗旬くんは、この人も相変わらずかっこよかった。

細いんだけれども、しっかり筋肉がついていて舞台映えします。

前公爵役の吉田鋼太郎さんも、ジェイクイズ役の高橋洋さんももちろんよかった。

「オセロー」も観にいく予定なのでとても楽しみです。

さて、シェイクスピアといえばやはり台詞。

言葉遊びもあれば数々の名言もある。

とくに引き込まれたのは、終盤シルヴィアスが語る「恋とは――」のくだり。

恋について多く語るを知らないわたしでさえも、あの切実な台詞には胸を打たれた。

それからタッチストーンが言った、「最もすばらしい詩は、いちばんの作り物だ」というような台詞。

これは常々思っていたことで、でも言葉にすることができなくて、今回のこの舞台を観てすっきりした。

人の気持ちというのは整然としたものではなく、つじつまが合わないことだらけだ。

でも、それが素直な気持ちなのだから、そのままでいいんじゃないだろうか。

逆に、芸術作品は必ずしもリアルにこだわる必要はない。

日本の古典芸能である歌舞伎も、リアルとは程遠い。

それでも長い年月の中で形成されてきた“型”が、喜怒哀楽や緊張感、切迫感を、現実的な表情や態度よりずっとリアルに表現している。

虚実のバランスが、わたしたちの心を揺さぶるのかもしれない。

どうしてタッチストーンやジェイクイズのような役柄が組み込まれたのかはわからないけど、ああやってシェイクスピアの哲学を語ってくれる人物が登場することで、喜劇がただの喜劇に終わらないところがシェイクスピア劇のおもしろいところだなあと思う。

カーテンコールは、とても楽しかったです。

成宮くんがウエディングドレスをまくってパンツを見せてくれたり、小栗くんが成宮くんにキスしたりと、ファンサービス満載のカーテンコールでした。

さあ、11月は「オセロー」!

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「宝塚BOYS」

昨日は中日劇場に「宝塚BOYS」を観に行きました。

終戦直後、宝塚歌劇団に男子部が作られたそうです。

わずか8年でしたが、宝塚に懸ける彼らの青春の日々を描いたのがこの「宝塚BOYS」です。

観劇前は、「宝塚」というからには歌やダンスがいっぱいで、華やかで楽しいお芝居なのだろうと思っていました。

もちろん、楽しいのは楽しくて、声を出して笑う場面がいくつもあったのだけど(役者さんたちの間のとりかたが絶妙!)、ところどころに「戦争」の影がちらついて、戦争を引きずっている人々の苦悩が垣間見られるような舞台でした。

終戦直後というのはあんな感じだったんでしょうね。

「戦争は終わったんだから生まれ変わるんだ」と誰もが一生懸命になりながら、でも同じ時間軸上に生きているわけで、“今”に続く過去からはなかなか逃れることができない。

戦争を知らないわたしたちが夢を追う(あるいはあきらめる)のとは全然違う感覚なのだろうなと思いました。

「脚本がよかったね」と一緒に行った友達と話しました。

今回のお目当ては吉野圭吾さん。

あの華麗なダンスが見たい! と思っていたので、前半終わった段階では実はちょっとがっかりしていたのですが、最後にちゃあんと見せ場がありました。

溶けます…。

もちろんそれ以外の場面でも。

最初は、自分だけは別格と思っている嫌なやつって感じだったけど、でもおばちゃんにだけは甘える姿を見せていて、それがまたかわいいのです。

その「ねえ、ねえ、ねえ」は反則でしょう!

「ダンス オブ ヴァンパイア」のかわいらしさ(笑)とはまた違うかわいらしさです。

ダンスもステキだったけど、それ以外の場面でもやっぱり吉野さんはステキでした。

ここからは反省。

あんまり吉野さんがステキすぎたので、出待ちというものをしてしまいました。

中日劇場の一階にはすごい花道ができていました。

みなさんお目当ての役者さんは違ったんでしょうけど。

う~ん、その時は興奮していてあまり考えずに行動しちゃったけど、ああいうのは良くないのかもしれませんね。

警備員さんたちもダメって言わなかったから禁止というわけではなかったのだろうけど、通行人の邪魔になったり、ひとつ間違えばけが人が出たりするかもしれないので、ほめられる行為ではないのだろうな、と家に帰ってきてから反省しました。

ちゃんとしたファンとなるべく、これから精進しよう。

吉野さん以外の役者さんのこともちょっと。

みなさんステキでしたが、わたくし、とくに猪野学さんがいいなあと思いました。

間がね、いいですね。

三重県出身だし。

テレビでも活躍されている方ですが、また舞台を観たいなぁと思いました。

柳家花緑さんもステキです。

落語家さんであることを忘れてしまうような演技とダンス、一方で落語家さんらしくとても愛嬌のある方だなあという印象でした。

人柄に魅かれちゃうって感じです。

吉野さんは9月にも名古屋にいらっしゃいますね。

「愛、時をこえて 関ヶ原異聞」(名古屋市民会館)。

市川笑也さんも出演されるということで(ファンクラブに入っていたことがある)、観たい! 観たいのだけど…平日やん!

仕事終わって、名古屋に18:30に着けるとは思えない…

でも、なんとかならないかなぁと考え中です。

とにもかくにも「宝塚BOYS」、楽しいお芝居でした。

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陽春花形歌舞伎 「芋掘長者」

今日は「芋掘長者」について。

作者は岡村柿紅で、「棒しばり」や「身替座禅」の作者でもあります。

この「芋掘長者」も例に漏れず楽しい舞踊です。

まずは下手から登場する緑御前の菊之助さんの美しいこと!

「盟三五大切」の小万の色気とは全然違う、かわいらしい踊り好きの赤姫姿がステキです。

おもわず「かわいい…」と声に出してしまいました。

橋之助さんも「盟三五大切」の三五郎とはうってかわって明るい役。

色悪も悪くないけど、橋之助さんは笑顔の多い役がわたしは好きです。

芋掘藤五郎役の三津五郎さんはさすがで、踊れる人がわざと下手に踊るのは難しいのでしょうが、“しっかり”下手に踊って笑わせてくれます。

今回の観劇は久しぶりに花道の傍だったので、役者さんがとても近くに感じられました。

目が合うんですよ、花道近くは。

次の歌舞伎はおそらく10月。(歌舞伎座の7月大歌舞伎「NINAGAWA十二夜」も気になってはいるのだけど…)

どんな役者さんがどんな演目をやるのか、今から楽しみです。

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陽春花形歌舞伎 「盟三五大切」

今日は御園座に陽春花形歌舞伎を観に行ってきました。

演目は「盟三五大切(かみかけてさんごたいせつ)」と「芋掘長者(いもほりちょうじゃ)」。

とりあえず今日は「盟三五大切」の感想です。

「盟三五大切」では薩摩源五兵衛を坂東三津五郎さん、小万を尾上菊之助さん、笹野屋三五郎を中村橋之助さんが演じます。

作者は「東海道四谷怪談」でおなじみの鶴屋南北。

解説のおくださんもおっしゃっているようにR指定並みの残虐な場面は出てくるは、悪人は登場するは、幽霊(?)は出てくるは、南北らしさがつまったお芝居です。

しかも忠臣蔵や四谷怪談ともリンクしていて、これらのお話を知っていると「ほほう」と思える部分もあっておもしろいです。

さて、歌舞伎の演目には勧善懲悪のお話が多くて、正義は勝つのが普通です。

しかし正義とはなんぞや。

忠臣蔵の浪士たちはよく「正義」のように描かれます。

主君に忠義を尽くした彼らの物語は、今でも人々に受け入れられ喜ばれています。

しかし、彼らとて人間。

完全なる善人というわけにはいきません。

そこに目をつけ、リアルに人間の愚かさやばかばかしさを描いた南北は本当にすばらしいです。

だから南北は全然古くないのでしょう。

役者さんは好きな人ばかりでうれしかったです。

とくに菊之助さんは美しさにさらに磨きがかかって、目がはなせませんでした。

誰が何と言おうと絶対目が合ったわ!

小万が切られるシーンはスローモーションで、菊之助さんがググッと反り返る姿は圧巻。

会場からも「おおっ」というどよめきが聞こえました。

本を読み返すように、もう一度観たいと思えるお芝居でした。

明日は「芋掘長者」の感想です。

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コリオレイナス

今日は、愛知厚生年金会館に「コリオレイナス」を観にいきました。

シェイクスピア作、蜷川幸雄演出、唐沢寿明主演でございます。

自分に正直でありすぎた男の悲劇なのだけど、どうしても目がいってしまうのはその母親であるヴォラムニアだ。

コリオレイナスは「おのれの手でおのれを作った男として立っている」と言ったけれど、その男を作ったのはヴォラムニアである。

思うに、ヴォラムニアは息子を英雄にしたかったのではなく、本当にローマを守りたかったし、自分こそがローマを支える人物になりたかったのではないか。

乱暴な言い方をすれば、息子は所詮そのための道具でしかない。

道具でしかないコリオレイナスは、母親の高潔な意思のみ受け継ぎ、民衆に媚びることはできない。

当のヴォラムニアは、ローマを支えるという大義があるから、やむを得ない場面では腰を折ることもできる。

ヴォラムニアにはもちろん悪意はないだろうけど、結局のところ自分の意思で生きていると思っている人物が、実は最初から何らかの方向性を持って作られ、その考えの道筋も操作されていた、という話にも受け取れる。

コリオレイナスが潔ければ潔いほど、その悲劇性は強まっていく。

印象に残ったのは、決断をする者は忌み嫌われ、優柔不断が世をのさばる、というような台詞。

コリオレイナスのこの言葉は耳に痛い。

耳に痛すぎるから、こういう台詞を吐くやつにはふたをしてしまおうということになる。

いつの時代にも変わらない人間の性みたいなものを切り取ってしまっているシェイクスピアという人は、やっぱりすごい。

演出では、階段と襖絵の使い方が好きだった。

わたしは偏見に満ちているので(笑)、日本の話じゃないものに日本っぽいものを入れるのは好きじゃない。

だってわざとらしいし、変なナショナリズムを感じて気持ち悪いのだ。

でも、珍しく歌舞伎以外のものにわざとらしくない「日本」を感じた。

なんだろう、突き抜けちゃってたからかな。

だって、ローマであれはあり得ないでしょう。

日本人がヨーロッパ人を演じる不自然さを自然にするための劇薬って感じで、そういう演出をする蜷川さんはおもしろい。

マイナス×マイナスはプラスなんだな。

あと、階段は人をいろんな形にすることができるんだなぁと思った。

立ったり、座ったり、寝転んだり、這いつくばったり、転がり落ちたり…

舞台のおもしろいところですね。

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ロープ

あけましておめでとうございます。

本年もよろしくお願いいたします<(_ _)>

今年の運勢は「大吉」!!

「何事も正直にして他人を恨まず仕事大事とはげみなさい」

後半はともかく前半部分は最近心がけていることなので、今年一年肝に銘じていこうと思う。

さて、今年の始まりはシアターコクーンの「ロープ」でした。

ちなさんに誘ってもらって初めてのNODA・MAP。

まだ自分の中で処理しきれていないのでちゃんと言葉にできないけれど、ロープの意味とか距離感の問題とかノブナガが受け取ったものが何かとかはちょっと置いておいて(それが大事なんだとは思うけど…)、なんというかやさしいお話だった。

人間っていうのはほんとダメダメで、すぐ安易なほうに流れるし、変な理屈をつけて自分の都合のいいように物事を捉えたがるし、残虐で卑しくてどうしようもない部分を持っている。

自分の中にもそういう部分はたしかにあって、ときどき絶望的な気持ちになったりする。

でもそれだけじゃぁないだろう、お前は人間で、そんなどうしようもない部分を律することだってできるんだ。

「止まれるはずだ。人類ならば!」

自分に向かって、大声で叫ばれているような気がした。

人間の可能性の地図を目の前で広げられたような感じ。

大丈夫、ちゃんと道はあるから、と。

公演が終わってしばらく涙が止まらなかったのは、自分でもよくわからないけどもしかしたら安心したからかもしれない。

伊坂幸太郎の『魔王』(「呼吸」)を思い出した。

処刑され、広場に晒された女性の死体。

興奮した群集の中で、めくれたスカートを直せる人間がいる。

そういう人間としてのプライドを持って生きていきたいなと思った年のはじめ。

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転生薫風

12/26、大阪厚生年金会館に「転生薫風」を観に行った。

主演は嵐の大野くん。

たまたま生徒がチケットを譲ってくれたので、嵐ファンのちなさんと観劇。

ちなさんの洗脳と昨年グローブ座で「幕末蛮風」を観ていたおかげでもうそんなに驚きはしなかったけど、それでも幕が開いて大野君が出てきたときの観客の「きゃ~」にはびっくりした。

まあ歌舞伎でも大向こうから声がかかったりするから同じっちゃぁ同じか。

さて、タイムスリップというのはいろんな形で描かれているけど、やっぱり夢があっておもしろいと思う。

本来そこに存在しない人間が存在して誰かと出会ったとしたら、その出会いはやはり存在しないことになってしまうのか。

そんなことはない。

本来どうか、ということは別にして、自分の意識する自分が誰かと出会ったのなら、どういう形であれその出会いは真実なのである。

タイムスリップという特殊なものを扱っていながら、この舞台はやっぱり日常を描いているんだろう。

毎日の一つ一つの出会いがわたしにとっては真実で、それが世界を作っていく。

だから今生きている自分を大事にしたいな、なんて思う今日この頃である。

舞台のところどころにファンにはわかる嵐要素が散りばめられていたらしく、お客さんの反応がおもしろかった。

わたしもちょっとはわかったよ。

すごい成長だ((笑))

おとき役の美波さんがとても良かった。

これから追いかけていきたい感じ。

大野くんにはこれからどんどん舞台で活躍していってほしいと思う。

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オレステス

10月21日(土)に「オレステス」を観に行った。

蜷川幸雄演出のギリシャ悲劇。

ここのところ蜷川さん演出の作品を見ることが多くて、毎回どんなふうに作品を解釈しているのか楽しみにしている。

今回は雨が降った。

コロスは傘をさし、舞台上の雨が降っている所を通るときにバラバラと音がする。

その騒がしさが、逆に静けさを、不安を、あるいは人間の軽さ(浅はかさ)みたいなものを表しているような感じがしておもしろかった。

さて、オレステス役の藤原竜也くんはやっぱりよかった。

竜也くんにとても似合う役だったと思う。

ただなんだかいつもと違うなと思ったら、ギリシャ悲劇ということで蜷川さんにいつもの芝居を封じられたらしい。

でも、腹の底から太く声を出している竜也くんもステキです。

繊細さに骨太さも加わって、「この人もっといろんな役ができるようになるな」ということを感じさせた。

そして、相変わらず背中がお美しい。

なんなんでしょう、あの魅力的な背中は。

本人は意識しているのかいないのか知らないけど、あの背中は何かを語っていますよ。

エレクトラ役の中嶋朋子さんは初っ端から感情むき出しで語り出す。

雨の中で語ることが多かったせいか声がかすれていたけど、それがエレクトラのすべてを失われ投げ打った必死さを表しているようであまり気にならなかった。

さて、悲劇であるこのお話は重い空気を常に保って、登場人物たちが悩みに悩みぬく。

でもラストは神様が登場してきてあっけないぐらいあっさりとみんなが納得してしまう。

ギリシャ悲劇というものはそういうものらしいけど、現代のわたしたちから見たら「それでいいのかオレステス!? おまえあんなに悩んでいたじゃないか!!」とつっこみたくなるような不自然さだ。

だけど、逆に考えたら人間というのは案外そういうものかもしれない。

悩んで悩んで、ついには人間とはいかなる存在かというところにまで考えが至っても、結局自分の立場が良くなればそんな悩みなんていつの間にか忘れてしまう。

だから戦争だってなくならない。

ラストシーンで4カ国の国歌がばら撒かれる演出は蜷川さんらしいなと思った。

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第四十二回吉例顔見世夜の部「枕獅子」「梅雨小袖昔八丈 髪結新三」

吉例顔見世夜の部3つめの演目は「枕獅子」。

これは、あの「鏡獅子」の原型なのだそうです。

ただ、「鏡獅子」では腰元であったのが、「枕獅子」では傾城になります。

傾城とは位の高い遊女のことですが、城が傾くとはうまく言ったものですね。

帯を前で結んでしなやかな踊りを見せる藤十郎さんは本当に色っぽい。

獅子の精になってからも傾城の落ち着きとか気位の高さみたいなものを持ったまま踊られます。

「鏡獅子」とはまた違った雰囲気を楽しめます。

翫雀さん、扇雀さんが新造を演じ、親子共演です。

最後の演目は「梅雨小袖昔八丈 髪結新三」です。

新三を菊五郎さんが演じます。

ステキです、菊五郎さん。

新三というのは悪いやつなのに、格好いいんです。

髪結には、店を構える者、屋台を出す者、街中を回って営業する者がいたそうですが、新三は深川の長屋に住み、あちこちに声をかけて出入りをしている髪結です。

材木問屋の白子屋にやってきて手代忠七の髪を整えていくその手つきが美しくて、台詞よりもそちらに目がいってしまいます。

途中で親分が出てきたり、初鰹を売りに来る肴売が出てきたり、長屋の家主が出てきたりと、江戸を感じさせる風物が出てきて楽しませてくれます。

結局のところ誰も得をしないお話なのだけど、「世の中そんなにうまくいかないもんだよ」というのがまた江戸らしくておもしろい。

今回の吉例顔見世は藤十郎さんの襲名披露だからか、それともこの日たまたまそういう団体さんが入っていたのか、観客の年齢層が少し高めだった気がした。

でも藤十郎さん自身は年齢のことなんか感じさせずに、むしろ新しいことに挑戦する姿を見せてくれて「若いわたしたちはもっとがんばらなくちゃなんないんじゃないの!?」という気持ちにさせられた。

演目も変化に富んでいてどれもおもしろかった。

1日があっという間でした。

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第四十二回吉例顔見世夜の部「操り三番叟」「口上」

夜の部は「操り三番叟」から始まります。

三番叟は能をもとにした踊りです。

「操り三番叟」はあやつり人形のように上から糸で吊っているという設定で舞われます。

だから宙に浮いているように見えるよう、常に片足に重心をおいて踊るのだとか。

足で拍子も踏めないので、後見が代わりに踏みます。

人形と後見の息がぴったり合っていて、おもわず「おおっ」という声をあげてしまいそうになりました。

三番叟を翫雀さんが演じます。

翫雀さんといえば大のドラゴンズファン。

この後の口上でもドラゴンズのことに触れておられました(笑

お友達になりたい…

口上は雀右衛門さんの挨拶に始まり、出演俳優のみなさんから順にお祝いの言葉が述べられます。

お茶屋遊びのお話が多かった。

さすが藤十郎さん(笑

左團次さんや菊五郎さんのお話がとくにおもしろかった。

このお二人はいつも笑わせてくれますね。

明日は「枕獅子」「髪結新三」。

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第四十二回吉例顔見世昼の部「盛綱陣屋」

昼の部最後の演目は「近江源氏先陣館 盛綱陣屋」です。

盛綱を中村雁治郎改め坂田藤十郎さんが演じます。

藤十郎さんは初役だそうで、70歳を過ぎても今の自分に甘んじるのではなく新しいことに挑戦しようとする姿は本当に頭が下がるばかりです。

勇ましく、かつ深い情を持ち合わせる盛綱を緊張感たっぷりに演じてくれます。

にしても、小四郎役の清水大喜くんは良かったです。

父を想う必死さをよく表現していて、健気なその姿に見ているわたしたちは引き込まれ、つい涙を流してしまうのでした。

大げさに言っているわけではなく、本当に泣いてしまった…

上演記録を見ると、例えば幸四郎さんも菊五郎さんも吉右衛門さんも團十郎さんも三津五郎さんも染五郎さんも海老蔵さんも小四郎を演じたことがあるようで、ずっと見てきている人は「ああ、あの子がこんなに大きくなって」と思いながら見ているのでしょうね。

歌舞伎のおもしろいところです。

東京の役者が演じるときと上方の役者が演じるときとでは奥座敷の場への移り方が少し違うらしく、東京ではふすまを開けて琵琶湖を見せるだけであるのが、上方だと回り舞台で奥座敷を出してくるのだとか。

こういう演出の違いを見るのも歌舞伎の醍醐味。

明日は夜の部「操り三番叟」と「口上」。

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第四十二回吉例顔見世昼の部「越後獅子」

今日は「越後獅子」です。

越後獅子とは、越後の国から江戸へ出てきた大道芸人のこと。

観客席にいるわたしたちも、江戸の街中で大道芸を見ているような気分になります。

前半は故郷を想う姿が演じられます。

当時、越後から江戸に出てくるのはさぞかし大変だったことでしょう。

故郷を想う気持ちは今以上に深いものだったに違いありません。

後半は10cm以上もあるだろう一本足の高下駄をはいて、まるでタップダンスのように踊ってみせます。

角兵衛を演じるのは三津五郎さん。

三津五郎さんだから、な~んの心配もない、ないんだけど、ひやひやします。

だって、一本足ですよ、一本足!

だけどそこは三津五郎さん。

軽快に、楽しそうに舞います。

ラストはさらしを波に見立て大胆に振って観客を沸かせてくれます。

明日は「盛綱陣屋」。

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第四十二回吉例顔見世 昼の部「藤娘」

第四十二回吉例顔見世、昼の部の「藤娘」。

場内は普通ないくらい真っ暗になります。

ぱっと明かりがつくと、そこには中央に松。

その松にからまるように藤が咲き誇っている。

思わず場内から「わぁ」というため息のような歓声がわき起こります。

この演出は劇場に電気がついてからだそうな。

「藤娘」はもともとは変化舞踊のうちの一つで、それまでは花道で「今からこれこれをやります」と宣言してから踊っていたらしい。

三味線がとてもすてきで、それに合わせて踊る藤の精もかわいい。

特に今回藤の精を演じる時蔵さんの藤娘はけなげさやいじらしさと一緒に、どこかおてんばな一面みたいなのも見えてとてもかわいらしい。

藤十郎襲名だから「『藤』娘」?

今回の吉例顔見世のプログラムの表紙は藤の花です。

こちらは藤十郎さんの名前を意識して描かれたみたいですよ。

明日は「越後獅子」。

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第四十二回吉例顔見世 昼の部 矢の根

昼の部一幕目は「歌舞伎十八番の内 矢の根」。

いくつもある「曽我物」の一つです。

新年を迎えたある日、父の仇討ちを果たさんとする曽我五郎の夢に兄の十郎が現れて助けを求める。

五郎は馬に乗り、兄の救出に向かう。

という、話としてはとても単純なお芝居です。

見どころは、五郎の勇ましさ。

たとえば五郎の若々しさや力強さを表すために、足の親指をぴんとあげていたりする。

寝るときも大の字で、しかも大きく見せるために枕には頭をつけず、背中を後見が支えて腹筋運動の途中みたいにして何分間も止まっていたりする。

歌舞伎十八番は様式美が確立されていて見得もきれいにきまるので、見ていてスカッとします。

今回五郎を演じるのは松緑さん。

松緑さんご自身がお若いので(同年代だ)、五郎の豪胆さに瑞々しさが加わる感じがしてとても好きです。

明日は「藤娘」。

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吉例顔見世 坂田藤十郎襲名披露

吉例顔見世、坂田藤十郎襲名披露(御園座)行ってきました。

231年ぶりの大名跡復活ということで、ここ数年続いた襲名の中でも特に注目されていたもの。

しかも70歳を過ぎての襲名。

新藤十郎さんの上方歌舞伎に寄せる並々ならぬ思いを感じることができます。

さて、坂田藤十郎といえば日本史の授業でも勉強するように和事の神様みたいな存在。

今までの雁治郎さんの演じる役では女形や若旦那を見ることが多かったので、この襲名披露でもきっと上方ことばの優男を演じるのだろうと思いきや、昼の部でいきなり盛綱ときました。

藤十郎さん初演でございます。

ものすごく意外な感じがしたけれど、これからもどんどん新しいものを生み出していこうという強い意気込みが感じられました。

昼の部の演目は「歌舞伎十八番の内 矢の根」「藤娘」「越後獅子」「近江源氏先陣館 盛綱陣屋」。

夜の部の演目は「操り三番叟」「口上」「枕獅子」「梅雨小袖昔八丈 髪結新三」。

詳しくは明日から数日かけてじっくり書くぞ。

どれも一番! と言いたくなるぐらいとてもおもしろかったので、迷っている人は行くべし。

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十二夜

ミュージカル『十二夜』を観てきました。

主演は大地真央。

男を演じる娘役。

大地真央があんな楽しい演技をする人だなんて知らなかった。

コメディエンヌです。

先日の『ダンス オブ ヴァンパイア』でも思ったことだけど、余裕のある役者さんの舞台というのは安心して見ていられるからいい。

“遊び”があるというのは大事なことです。

もちろん、若い役者の必死さみたいなのも嫌いじゃないけど。

想像していたよりおもしろくて、得した気分。

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ダンス オブ ヴァンパイア

行ってきました、帝国劇場『ダンス オブ ヴァンパイア』!

クロロック伯爵:山口祐一郎、アブロンシウス教授:市村正親という豪華なキャスティング。

歌あり、ダンスあり、笑いありのとても楽しい舞台でした。

にしても、ヘルベルト役の吉野圭吾さんはいい!

『モーツァルト!』で初めて見て、なんて華のある役者さんだろうと思っていたのだけど、今回の役もぴったりはまっていて素敵でした。

色気があるんです、色気が。

入浴シーンの「アーアアー」という歌声が聞こえてきたときは、こっちがうふっとなってしまいました。

美しいおみ足も拝見することができ、女言葉もしぐさもどれもツボに入って萌えました。

ああ、これが「萌え」っていう感情なのねぇ。

これからは「吉野サマ」とお呼びしよう。

名古屋とか大阪にも来てくれないかなぁ。

名古屋に来たら毎週通うのに。

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