目標!

お久しぶりです。

相変わらず帰りは遅いし、「先生、ちゃんとご飯食べてる?」と生徒に心配されるぐらい食生活もぐだぐだだけど、風邪も引かずに元気にやっておりますよ。

今年は降ってくる仕事をさばくのでいっぱいいっぱいの年だった。

来年はちょっとゆっくりできるかなと思っているのだけど、その道のりは近いようで遠い…

そしてそれを決めるのは結局自分だ。

あたり前だけど。

「他人のせいにしない。今できることをする。」

主任が生徒に言っていることばを自分に言い聞かせる毎日である。

目の前に選択肢がたくさんあって、そこから自由に自分の道を決めていけるというのはとても幸せなことだ。

だけど、その責任の重さを知れば知るほど、苦しくなる。

安部公房の『鞄』の「自由」がちょっとほしくなったりもする。

でも、そんな「自由」からは逃れたくなる日がくるんだろうな、きっと。

だから、今できることを自分で決めて行動する。

これ、来年の目標!

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あたたかい

人は支え合いながら生きているよな。

なんて当たり前のことを、実感するのは簡単なようで難しい。

でもわたしはそういうことを比較的頻繁に感じられる環境にいるので、とても幸せだと思う。

最近、あるパラリンピック金メダリストの方との出会いがあった。

その方のお話から心臓移植を必要とする少女の存在を知り、今日はその募金活動を通じてさらにたくさんの人との出会いがあった。

募金をお願いする人たちも、協力してくださる方々も、本当にあたたかい。

参加した生徒たちも「すごいね、すごいね」と言っていた。

ボランティア活動に参加すると、いつも元気をもらえる。

仕事がうまくいかなかったり、人間関係で悩んでいたりしても、「やっぱり人はあたたかい。明日も大丈夫!」と思わせてくれる。

わたしも、人に元気をあげられる人間になろう!

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第四十五回記念吉例顔見世 夜の部

夜の部も引き続き「仮名手本忠臣蔵」です。

五段目 山崎街道鉄砲渡しの場、同二つ玉の場

六段目 与市平衛内勘平腹切の場

七段目 祇園一力茶屋の場

十一段目 高家表門討入りの場、同奥庭泉水の場、同炭部屋本懐の場

五段目は昼の部の最後に登場した早野勘平が主人公となります。

勘平のためにお軽の身売りの話をとりつけ、前金の50両を手に帰途を急いでいたお軽の父与市兵衛を、斧定九郎が殺し50両を奪います。

その定九郎を、狩りをしていた勘平が猪と間違えて撃ち殺してしまいます。

夜更けのことで相手が誰かもわからぬまま、勘平はつい死人の懐から財布を抜き取ってしまう。

そこから悲劇が始まります。

六段目では、50両を用意し仇討ちの仲間入りができると喜んでいた勘平が、昨夜殺してしまった相手が義父であったことを知り(勘違いなのですが)、さらに結局仇討ちの仲間には入れられないとの由良之助の言葉に絶望していく様子が、大変哀れです。

そして、決して金のために義父を殺したのではないということを証明するために、勘平は腹を切ります。

昼の部の判官の切腹と違い、ここには作法もなにもないため、切腹という言葉を使わず「腹切」となっているのだそうです。

七段目は、お軽が売られていった先のお茶屋さんが舞台となります。

敵をあざむくため、遊びほうける由良之助。

茶屋で遊ぶ男の色気と、しかし腹の中では亡君の仇討ちを固く決意している忠臣を演じなければならないということで、難しい役とされているのだそうです。

由良之助が密書を読む場面はとても有名で、いかにも歌舞伎といった、絵になる場面です。

十一段目は討ち入り。

志を遂げた浪士たちのすがすがしい姿で幕となります。

解説にもありますが、忠臣蔵は主従関係のみならず、恋人、親子、兄弟、さまざまな人間関係が描かれていて現在の私たちにも通じているため、古さを感じさせません。

通し狂言で観ると、より鮮明に江戸時代からのメッセージが伝わってくるような気がします。

歌舞伎ってステキです。

早野勘平:片岡仁左衛門、女房お軽:片岡孝太郎、斧定九郎:片岡愛之助、千崎弥五郎:坂東彌十郎、不破数右衛門:市川左團次、寺岡平右衛門:中村橋之助、遊女お軽:中村福助、大星由良之助:市川團十郎

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第四十五回記念吉例顔見世 昼の部

今回の顔見世は、「仮名手本忠臣蔵」を通しで観ることができます。

昼の部は

大序 鶴ヶ丘社頭兜改めの場

三段目 足利館門前進物の場、同松の間刃傷の場

四段目 扇ヶ谷塩冶判官切腹の場、同表門城明渡しの場

浄瑠璃 道行旅路の花

題名に「仮名」とあるのは、「真名」に対しての「仮名」であり、つまりは史実ではなく虚構ですよという意味もあるそうです。

もともとは、元禄14(1701)年に浅野内匠頭が吉良上野介に斬りかかったことに端を発し、翌15年に赤穂浪士たちが亡君の仇討ちを決行したという歴史的事実ですが、この事件を題材として1784年に人形浄瑠璃として発表されたのが「仮名手本忠臣蔵」でした。

江戸時代において敵討ちは違法とされていたので、時代や場所や名前を変えて、あくまでも虚構として上演されていたようです。

しかし、観ているお客さんはそんな事情はすべて承知の上で、大星由良之助は大石内蔵助のことだなとか、高師直は吉良上野介のことだなと置き換えながら、怒ったり笑ったり泣いたりしながら観劇していたのでしょう。

さて、大序は一連の事件の伏線の部分にあたりますが、この演目が人形浄瑠璃からきたものであるということを感じさせてくれる素敵な演出となっています。

三段目では、もともと桃井若狭之助に向かっていた高師直のいびりの矛先が、塩冶判官に向かうことになります。

「お家断絶」をちらつかせながらの師直の罵倒に、必死に耐えながら、しかし武士の誇りをズタズタに傷つけられた塩冶判官がついに刃傷に及ぶ緊迫した場面です。

四段目は、その塩冶判官の切腹と城の明け渡しです。

慣例により、この幕は始まると30分間入場することができません。

「焼香場」と呼ばれ、役者も観客も、その場にいる全ての人が、厳粛な雰囲気の中、塩冶判官の切腹を見届けることになります。

由良之助の到着を待ちわびる塩冶判官、主君存命のうちにと必死に駆けつける由良之助、その姿は涙を誘います。

道行は、そういった主君大事の場に、恋人との逢瀬のため居合わせることのできなかった早野勘平が、そのことを悔いながら恋人お軽とともに旅をする場面が舞踊として描かれています。

四段目や道行はこれまでにも観たことがありますが、とくに道行は、通しで観ると勘平の後悔がよく伝わってくる気がします。

昼の部は10時45分開演ですが、10分ぐらい早めに席についていたほうがいいですよ。

ちょっとおもしろいものが観られます。

大星由良之助:市川團十郎、高武蔵守師直:市川左團次、塩冶判官高定:中村橋之助、顔世御前:中村福助、腰元お軽:片岡孝太郎、早野勘平:片岡仁左衛門

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『頭のいい人がしている残業しない技術』 中山祐

自分の働き方を見直さねばならないと思っていた。

時間外勤務は多いし、趣味の時間をしっかり持てないし、スキルも伸びないし、机の上は汚いし…

書店のビジネス本コーナーには残業を減らすためのハウツー本がたくさんあって、いろんなヒントを与えてくれる。

全部が全部活用できるというわけではないけれど、「これ使えるかも!」というのが結構あって、読んでいるだけでも楽しくなる。

とりあえずは夜型から朝型に切り替えてみようということで、今日はいつもより30分ぐらい早く家を出た。

朝は自分のペースで仕事ができるので、なかなか良い時間を持つことができた。

ちょっとずつ実践していったら、そのうち残業がなくなるかも!

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『コーチングが人を活かす』 鈴木義幸

人を育てるというのはなにも家庭や学校に限られることではない。

そして、その難しさも場を問わない。

コーチングは最近ブームになっていて学校現場でも研修が行われたりするけど、こういう本来のビジネスの場でのコーチングに触れておくのもおもしろいなと思った(もともとはスポーツが発祥なんでしょうが)。

初心者のわたしでも「すぐに使えそう」と思えるぐらいわかりやすく書かれている。

結局はコミュニケーション技術なんだけど、ものの考え方についても目からうろこという感じで、人との接し方を新しい目で見つめなおすことができる。

部下の育成に行き詰まっている人はぜひご一読を。

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『あるキング』 伊坂幸太郎

ある天才バッターの伝記小説。

これまでの伊坂作品とはだいぶ雰囲気が異なります。

伊坂さん自身も読者の反応が気になっているようです(「ダ・ヴィンチ」10月号)が、私は好きです!

大きな力、運命とか宿命とか、あるいは権力とか、そういったものに人間としていかに立ち向かうかということが描かれている伊坂作品が好きだということを以前にも書きました。

今回は、そういった大きな力のまん中で、静かに真正面からそれを受け止める人間(いや、王か)の姿が書かれています。

そして、その周囲でワラワラする人間たちの姿も。

そのワラワラとした感じがどんどん不安感とか不穏さとか増大させていく様子は、現実世界の閉塞感ともつながるなと思ったりもします。

が、そこにもまた大きな力が働いているわけです。

こんな、なんだか救いようのない奇妙な世界で、そこに見出せる救いもまた「大きな力」に決められているとなれば、皮肉以外の何ものでもありません。

「でも最終的には人間だよね」と言いたいなぁ。

なんて、このフィクションを読みながら、読者である私はやっぱり抗う方法を考えているわけで、そういう意味で伊坂さんが私に与える影響はこれまでと変わらず大きいのです。

むしろ、描き方が違うために、別の角度から考えさせられるからいい。

伊坂さんの新たな引き出しをのぞけたこともうれしい。

そして何より、読み物としてとてもおもしろい!!

一つ一つの場面について、この小説を読んだ人と語り合いたいなあと思いました。

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ニュートラル

外からの刺激が強すぎて、多すぎて、消化しきれないということを経験した。

夏からずっと忙しかったからな。

5連休あってよかったぁ。

この3日間ギアがずっとニュートラルのままみたいな感じでまだもとに戻らない。

あと2日でなんとかしよう。

今日の夕方まで引きこもっていたけど、このままではいかんと思って本屋さんに行った。

そのあとスーパーで小麦粉とバターと牛乳を買って、家にあったかぼちゃを使ってかぼちゃケーキを作った。

目分量で作ったんだけど、甘さ控えめでブランデーもきいて、なかなかおいしくできた。

そういえば、今日のお昼は生まれて初めておいしくチャーハンが作れた。

今日は料理運が良かったのかも。

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『夜の朝顔』 豊島ミホ

人生を最も真剣に考えていたのは、もしかしたら小学生の頃だったかもしれない。

単純に見える生活を送りながら、それでも小さな世界の中で複雑な感情を確かに持っていた。

中でも今もリアルに思い出せるのが、不安感だったり罪悪感だったりする。

だけどそんな言葉だけで表すことのできない微妙な感情もあって、そういうのをこの本は思い出させてくれた。

そして、「ああ今の自分のモトはあそこにあったのかな」なんて思ったりする。

ホント豊島作品にはキュンとさせられます。

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名古屋平成中村座 夜の部

一、傾城反魂香(けいせいはんごんこう)

二、極付幡随長兵衛(きわめつきばんずいちょうべえ)

三、元禄花見踊(げんろくはなみおどり)

昼の部とは打って変わって、シリアスな雰囲気の演目が続きます。

座席も1階席のうしろの方だったので、一緒に行った母曰く、「昼と比べると『がまん』だね」。

さて、「傾城反魂香」は、確か以前に橋之助さんの又平で観たことがあります。

口が不自由であるがゆえに、土佐の名字を貰いたい旨や想いをなかなかうまく伝えられない又平。

彼の代わりに師匠に必死に願い出るおとく。

夫婦の情愛の深さに心打たれる演目です。

勘太郎さんと、七之助さんが演じます。

勘太郎さんの真面目さがうかがえるような又平でした。

「極付幡随長兵衛」は、明治の作品だそうです。

江戸時代を舞台にして明治時代に作られた演目を、平成中村座が公演するというのもなかなかおもしろいですね。

劇中劇や湯殿の立ちまわりなど、ちょっと変わった演出もあります。

橋之助さん演じる長兵衛は登場からしていい男で、いかにも江戸っ子の親分という感じです。

その親分が妻や子に別れを告げる場面では、潔いなと思う反面、現代人のわたしとしては、自分から罠にかかりに行くなんてばかだなとも思います。

それでもやっぱり家族との別れは辛かろうとほろりときました。

長松がめちゃくちゃかわいかったです。

そして、わたしは自分で思っていたより橋之助さんのことが好きかもしれないということに気がつきました。

いい男です。

「元禄花見踊」は、華やかな雰囲気の踊りです。

わたしは踊りはとても好きですが、もしあまり好きではないという人であっても、これは最後まで見たほうがいいと思いますよ。

帰りは名古屋城の東門から出ることになると思いますが、そのときぜひ後ろを振り返ってください。

昼とは違った雰囲気の名古屋城が見られるはずです。

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