あたたかい

人は支え合いながら生きているよな。

なんて当たり前のことを、実感するのは簡単なようで難しい。

でもわたしはそういうことを比較的頻繁に感じられる環境にいるので、とても幸せだと思う。

最近、あるパラリンピック金メダリストの方との出会いがあった。

その方のお話から心臓移植を必要とする少女の存在を知り、今日はその募金活動を通じてさらにたくさんの人との出会いがあった。

募金をお願いする人たちも、協力してくださる方々も、本当にあたたかい。

参加した生徒たちも「すごいね、すごいね」と言っていた。

ボランティア活動に参加すると、いつも元気をもらえる。

仕事がうまくいかなかったり、人間関係で悩んでいたりしても、「やっぱり人はあたたかい。明日も大丈夫!」と思わせてくれる。

わたしも、人に元気をあげられる人間になろう!

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ノート

教師というのは見返りを求めてはいけない職業だと思う。

どれだけの思いを持っていても、与えたものがあっても、自分個人に返ってくることを期待してはいけない。

これはなかなか難しいことで、裏切られたような気持ちになることもしばしばである。

だけどその一方で、生徒たちの言葉や態度に救われることもあるのだ。

彼らはやさしい。

3年生の最後に集めたノートのいくつかには、わたしに宛てた言葉があって、そのひとつひとつにとても温かな気持ちにさせられた。

とくにうれしかったのは

「小学校でもなく中学校でもなく高校で、しかもこの学校で先生と出会えてよかった」

という言葉。

これはわたしにとっては最高の褒め言葉だ。

小学校でもなく中学校でもなく高校の先生になりたかったから。

こんな言葉を贈ってもらえて本当に幸せ。

明日は卒業式。

精一杯の気持ちで見送ろう。

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今年も歌ってしまった

今年の文化祭ではエヴァを歌った。

「残酷な天使のテーゼ」。

場所とか時間とか人の関係で、今年は教員バンドはやらないつもりだった。

だけど、吹奏楽部の生徒たちに頼まれて歌うことになった。

結果、なかなか好評だったし、ブラスに合わせて歌うなんて経験はそうそうできるものではないので、とても楽しかった。

エヴァは本当に好きなアニメだ。

語り出したら止まらないけど、簡単に言うと「君は君でいいんだよ」と、他の人と違う自分を認めてもらっているような気がして勇気づけられる。

自分と違う人間がいるから世の中おもしろいんじゃないかって、他人に優しくなれる気もする。

これは最終回を観てそう思ったわけで、放送された当時は「は??」という感じだったけど、わたしはあの最終回が結構好きだ。

文化祭が終わってから本当にたくさんの生徒に声をかけられて、エヴァを知っている子が多いことに驚いた。

まあ、劇場公開されてはいるけど、テレビ放映していたのがわたしが大学生のころだからもう10年ぐらい前のことだ。

やっぱりすごい作品だったんだなぁ。

これを機会にまた改めて観てみたいなぁなんて思った。

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いちばんの癒し

今年は生徒指導部に身を置いている。

生徒指導部といえば、どうしても生徒から敬遠されてしまうものだ。

昨年までは担任をしていて、お互いよく知っている間柄でのやりとりが多く、以心伝心とまではいかなくとも互いに気持ちを汲み取る努力をしていたように思う。

でも、全校生徒を相手にするこの分掌はそういう意味での甘えが許されない。

だから4月のはじめから「しっかりしなくちゃ」と自分に言い聞かせてきた。

ただ、こう見えても人見知りするわたしは(誰も信じちゃくれないが)、今年初めてもつ2年生の授業に行くときはやっぱり緊張していたんだと思う。

昨年から持ち上がった3年生の現代文の授業に行ったとき、とてもほっとしたのだ。

だから生徒たちに、

「君たちはわたしの癒しなのだから、癒しらしく振る舞ってくれたまへ」

と冗談交じりに言った。

それは、「生徒指導上の問題を起こすんじゃないよ」ということを言いたかったのだけど、その日からわたしのまわりではおもしろい現象が起こっている。

3年生の何人かの生徒が、校内ですれ違うときに手を振ってくれる。

「わたしらは“癒し”やからな!」

と言って、すれ違うたびに笑顔を向けてくれる。

なんとやさしい人たちなのでしょう。

1年生や2年生ともこんな関係が築けたらいいなぁ。

まだまだ始まったばかり。

努力あるのみ!!

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卒業式

今日は卒業式。

わたしにとっては、担任として初めて送り出す卒業生たちだ。

本当にいい卒業式で、とてもステキなプレゼントをもらった気分になった。

短いけれど、型にはまらない、うちの学校らしさがたくさんつまった式だった。

とくに答辞はすばらしく、両学科の総代が交代に読み上げることばのひとつひとつが体に染み込んでいく感じだった。

担任の名前を読み上げ「ありがとうございました」と言われたときは、それまで我慢していた涙がついこぼれてしまった。

閉式の辞のあとは、卒業生による合唱があった。

曲は「未来へ」。

これは生徒たちがやりたいと言い出したことで、職員会議にあげる資料から、練習、校則遵守の呼びかけ、著作権の確認にいたるまで、すべて生徒にまかせるということで始めたことだった。

昨日の予行まであえて練習にも顔を出さないようにしていたので、実際聞いてみてびっくりした。

特に今日の本番では、みんなの声が集まって、一つの思いになって、どーっと押し寄せる感じがした。

やっぱり高校生はステキだなあ。

三年間でこんなに成長し、大人になるんだから。

高校の教員になってよかった。

打ち上げでは花束と色紙をもらいました。

花束は結婚式のブーケをイメージしたものだそうな(笑)

ドライフラワーにできるバラとかすみ草の花束で、一生大切にしろってことらしいです。

ボランティア部の生徒からも色紙をもらった。

三年間、かなり厳しく接したこともあったのによくついてきてくれました。

いい子ばっかり。

ああ、本当にいい一日、いい三年間でした。

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読み間違い ~夏目漱石「こころ」~

この間、ようやく夏目漱石の「こころ」の授業が終わった。

長かった…

教科書に載っているのは「先生と遺書」の一部で、Kの自殺を「私」が発見し、Kの遺書に自分を責めるような言葉がなかったことに「私」がほっとしたところで終わる。

人間のエゴイズムがリアルに描かれ、取り返しのつかない自殺で終わるこの単元は、授業をしている教室の空気もどんどん重くなってくる。

変に入り過ぎないように、余談も交えながらなるべく表現に注目して授業をしようと心がけていた。

先日、あるクラスでいよいよクライマックスというところを生徒に読んでもらった。

最後の文、

「そうして振り返って、襖にほとばしっている血潮をはじめて見たのです。」

というところを、その生徒は

「そうして振り返って、襖にほとばしっている血のりをはじめて見たのです。」

と読んでしまったのである。

そのときは誰もつっこみを入れなかったのだけど、次の授業のときクラスの中で思い出し爆笑が起こった。

言いだしたのは間違えた本人。

「『血のり』って、K、死んでないんやん!」

「めっちゃシリアスな場面やのに、空気ぶちこわしや!」

「奥さんもおじょうさんもひっくり返るで。」

「K、めっちゃ軽っ!」

「生き方変えたんちゃう?」

などなど。

確かに、「血のり」って (笑

わたしも一緒になってつっこみたかったけど、まあそこは先生ですから、抑えて抑えて。

いい雰囲気の中、しかし冗談だけで終わらないのがこのクラスのいいところで。

「血がほとばしっとるってことは、Kは刃物か何かで自殺したん?」

とか、

「襖って、二尺開いとった襖のほう? でもそれやったら『私』は気づくから、違うほうの襖か。」

とか。

文章をしっかり読んで、その表現から場面を浮かび上がらせようとしている姿が見られた。

文学ってこういうものだと思う。

読書は一人でするのも良いけど、みんなで読み込んでいくのも楽しいものだ。

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ボランティア体験発表会

今日はボランティア体験発表会だった。

今年はうちの学校が事務局になっているので、準備から司会進行までを担当することになっていた。

しかし、現在うちのボランティア部員は3年生のみ。

本来ならば引退している彼女たちにお願いして、この時期まで手伝ってもらった。

部員以外の生徒にも助けてもらって、なんとか無事終えることができた。

さて、そういうわけで今年はうちからは発表者はいなかったのだけど、だからこそじっくり発表を聞けたような気がする。

30名近くいる発表者のスピーチを聞いていて気づいたのは、ボランティアをやっている高校生たちの多くが、一度は嫌な思いをしていることだった。

募金活動をしている際に嘲笑されたり、暴言を吐かれたりするというのがほとんどである。

どうしてそんなことができるのだろう?

制服を着ることで身分を明らかにし、一生懸命声を出して活動している高校生たちに対してそんな態度がとれることのほうが不思議だ。

しかし、今日発表した高校生たちは強かった。

その経験をバネにし、自分に不十分な点があれば改め、他人にどう思われるかではなく、本来の目的は何なのかをしっかり頭において活動していこうという決意を語ってくれた。

こういう想いに触れられるから、先生はやめられない。

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バレンタイン事情

今日はハッピーバレンタインデー。

最近は専らもらうほうだ。

しかも今年は3年生の担任。

自宅学習に入り暇をもてあましている(?)生徒たちが、おそらく昨日一日かけて作ったのだろう。

登校日である今日、たくさんの生徒がチョコレートのプレゼントをくれた。

2年生や、同僚からもらった分を合わせるとなんと20個にもなりましたよ(^^;)

「はい」と言って照れながら渡してくる生徒。(こっちが照れちゃうよ)

「先生、ちゃんと食べなきゃダメだよ」と説教しながらくれる生徒。(苦笑い)

「この間は話を聞いてくれてありがとう」と律儀にお礼を述べながらプレゼントしてくれた生徒。(いえいえそんな)

バレンタインデーのあり方が年々変わってきてるよなぁ。

特に高校生の間では女友達同士の行事になっているんじゃなかろうか。

うちの学校みたいに女子が多いとよけいそう感じるのかもしれないけど。

3年生に関してはホワイトデーまで待っていられないので、次の登校日までにどんなお返しをするか考えなくてはね。

何かいいお菓子があるかしら??

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ファッションショー

今日は卒業制作ファッションショーだった。

今年で4回目となる。

生徒に頼まれて第1回からナレーションを担当しているのだけど、私は家庭科の教員ではないので少し距離をおいてファッションショーを眺めてきた。

そんな私から見ても年々進化しているなぁと思う。

うちの生徒の発表は完全に制作者とモデルが分かれていて、制作者は自分の作品のイメージに合うモデルを学校の中で探して(全く話したことのない子にいきなり声をかけたりするのだ!)、その人に合わせて服を作っていく。

人に着せるための服だ。

モデルは、だからその服をよりよく見せようと努力する。

自分の作品でないのだから責任重大である。

このへんがショーのおもしろさにつながっているんだろう。

ショーを見た2年生たちの表情がきりりと引き締まったように見えたのは、気のせいばかりではないと思う。

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別の顔

土曜日の午前中は卒展を見に行った。

自分が担任している学年なので、感慨もひとしおだった。

想いを形にできるというのは本当にすごいことだと思う。

午後は来週行われるファッションショーのリハーサル。

今年もナレーションを担当することになったのだ。

この日はプロのモデルさんに来ていただいて、生徒たちのウォーキングの指導をしてもらった。

そのモデルさんの立ち姿の美しいこと!

ただ立っているだけで、その姿に目は釘付け。

歩くとなると、もう、ため息まで出てしまう。

わたしたちは正面からの視線に気をとられがちだけど、視線は横からも後ろからもあるわけで、それを意識することを忘れないように、という指導もあった。

う~ん、実生活でも気をつけよう。

さて、学校から一歩出たこういう場所での生徒たちを見るのはとても楽しい。

ふだんとは違った顔が見られるからだ。

しかも、いつになく近寄ってきて、親しげに話をしてくれたりする。

かわいいねぇ。

来週の本番が楽しみv

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