『悼む人』 天童荒太
求めていたものが描かれていた。
それは、自分がこうありたいという姿でもあったし、人にこうあってほしいと願う姿でもあった。
ここ数年、わたしの中にあった自分のありかたについての問いに、一つの答えが示された気がした。
その問いとは、わたしは人の死を純粋に悲しむことができているのだろうかということだ。
人が亡くなったときに流した涙は、はたして故人を思っての涙だったろうか。
残される自分がかわいそうで流す涙ではなかったろうか。
あるいは人の死と自分の死とを重ねて恐がっているだけではなかったろうか。
結局わたしはわたしがかわいいだけではないのだろうか。
自分が浅ましく薄情な人間に思えたし、罪悪感もつのった。
だけどこの小説を読んで、「悼む」ということを知った。
これこそが自分の理想とする姿だ、と思った。
と書いてしまうと、とても傲慢な気がする。
静人と同じようなことはわたしにはできない。
彼と同じような境地に達することは難しいと思う。
でも彼のように、ある人の人生を胸に刻むという「悼み」は自分にもできそうな気がする。
純粋にその人のことを思えそうな気がする。
それはなにも亡くなった人に限られるものではなく、生きて触れ合っている人たちを純粋に思うことにもつながるかもしれない。
死を考えることは、生を考えることにつながるのだから。
人を愛するということはこういうことなのだと、深く心に響いた。
とても、とても良い本でした。
この本にめぐり合えたことを本当にうれしく思います。
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