自分がこれまでに「うまくいった」と思ったときは、ここに書かれているのと同じようなことをしていた気がする。
わたしが国語を得意になったそもそもの事の始まりは、本読みの宿題にある。
本読みの宿題は低学年の頃からあって、わたしはかなりまじめに取り組んでいた。
これに関しては母も厳しく、「本読み3回」という宿題が、うちでは「間違えずに本読みできるようにする」であって、1ヵ所でも字が読めなかったりつまったりしたときにはまた最初からやり直し。
「よし、完璧」となったら母の前で披露し、もし間違えたらまたやり直し、というなかなかハードなものであった。
おかげで教室で読む頃にはかなり上手になっていた。
すると、「あかりんごちゃんは本を読むのが上手」と先生からも友達からも言われるようになる。
それがうれしくて、また次の本読みもがんばる。
“上手く”読めるようになるためには、漢字もしっかり覚えなくてはいけないし、ことばの意味や登場人物の心情にまで気を配らないといけない。
作者の考えがわかってくると、文章そのものに興味がわいてきて、別の文章も読んでみたくなる。
というようなことをくり返しているうちに、いつのまにか国語が得意になっていた。
これはわたしの「強化回路」がうまく回っていた例なんだろうなと思う。
今、こういう回路がちょっと足りないかも。
脳を喜ばせないとダメですね。
とても興味深い本でした。
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