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『脳にいいことだけをやりなさい!』 マーシー・シャイモフ

自己啓発本。

普段こういう類の本はあまり読まないのだけど、帯に茂木さんのコメントがあったことと、ネタになるだろうという思いから、珍しく手にとってみることにしました。

感想は、「これといって目新しいものはないなあ」というものです。

ベストセラー本に失礼でしょうか。

しかし、この本に書かれていることのほとんどはうちの部長が日々言っていることと変わらないし、同僚のO氏は毎日のように「今日も一日ありがとう」と独り言を言っているので、そう感じてしまっても仕方ないのです。

彼らは「幸せの国」の住人だったのですね。

やっぱりすごいです、部長!

そしてO氏。

いつも笑ってゴメン。

本からでなく、周りにいる人たちからこういうことが学べるわたしは幸せだなあと実感しました。

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『初恋素描帖』 豊島ミホ

ダ・ヴィンチで連載されていたときから読んでいたけど、単行本には書き下ろしもありますよ。

中2の人間関係が描かれていて、時に主観的に、そして時に客観的に物事を眺める未熟な彼らが愛おしく感じられます。

学校が世界の大部分を占めていたあの頃。

単純な生活の中で、でも全然単純じゃない思いを抱えていたあの頃を思い出しちゃう小説です。

にしてもね、ちゃんと中2を切り取っているところがすごいですよね。

20人分。

心も体も成長度合いが全然違う20人を書くって、観察力の為せる業でしょうか。

クラス全員分読みたい!

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『花が咲く頃いた君と』 豊島ミホ

花をモチーフとした短編集。

今のこの時を逃したくないという気持ちと、このままここに留まるわけにはいかないという思いと、そんなものとは関係なく流れていく時間とが描かれている。

「サマバケ96」「コスモスと逃亡者」「椿の葉に雪の積もる音がする」「僕と桜と五つの春」の四篇。

とくに「椿の葉に雪の積もる音がする」が好きだった。

自分の経験と、どこまでもどこまでも重なった。

本当は大切だと思っているものを素直に大切だと思えなくなっている自分。

広がった世界でほかにも大切なものを見つけてしまった自分。

子どもでなくなっていくことに罪悪感を感じてしまう自分。

ただただ一定に流れていく時間の中で、通りすぎていくものを眺めていることしかできなかった。

それは今も変わらないかも、だけど。

豊島さんが家族を描いているのは珍しくて、新しい豊島ミホを垣間見た気がした。

最後の場面がとくに良かったです。

もっとこういう作品を読みたいなあ。

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なんだかね

なんだか寂しいのです。

昨年末、大好きな中日ドラゴンズの大好きな井端選手が結婚を発表しました。

ドラゴンズファンの生徒には「先生カワイソー。でも、きっともっといい人がいるよ」と慰められました。

年が明けて、「パイパー」を観に東京に行って帰ってきて、また大きな衝撃がありました。

わたしの愛してやまない作家、森見登美彦氏がかぐや姫を迎えた(=結婚)のです。

京都に観光に行った際、偶然街中で森見氏を見かけ、「これはこれは、森見さんではありませんか。わたくしあなたのファンなのです」と声をかけ、いかに森見さんの作品がすばらしいかを力説し、「もしよければサインしてください。握手してください。お友達になってください。お付き合いしてください。」と猛アピールをする、という妄想がもうできなくなってしまったのです……。

次の日、朝一番で司書さんに慰められましたが、井端さんも森見さんも結婚してしまった今、わたしはこれから先何を支えにしていけばいいのでしょう。

さらに、大好きな作家である豊島ミホさんが休業するとのことで、このことは前からブログを通じて知っていましたが、どうもわたしが思っていたより事態は深刻みたいです。

ちょうど今読んでいるのが豊島さんの小説で、中に家族を描いた作品がありました。

家族をテーマにした小説は豊島さんの作品の中では珍しいと思うのだけど、とても良くて、彼女に新たな可能性を見出しうれしい気持ちになっていたところでした。

豊島さんのことを勝手に「心の友」と思っていたわたしとしては、これもやっぱり寂しい。

どれもこれもわたしの一方的な勝手な思いだけどもさ。

でもね、なんだかね。

寂しいのですよ。

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『夜明けの縁をさ迷う人々』 小川洋子

夜明けを待ち遠しく思うのは、やっぱり人間が昼の世界に生きる動物だからだろうか。

だけど、夜明け前の闇の中に迷い込んでしまう人だって多いのだと思う。

そういう人々の姿を描いた短編集。

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『青年のための読書クラブ』 桜庭一樹

伝統ある女学校、聖マリアナ学園。

良家の子女たちが通う学園において、異形の少女たちが集うのが「読書クラブ」であった。

そこに受け継がれる、学園の裏の歴史を綴った暗黒の読書クラブ誌。

閉鎖的で、倒錯的で、しかしそれゆえ純情である少女たちの、文学と哲学に包まれた物語。

この閉じられた感じはまさに若き日の青春そのものである気がする。

それはまるで一つの甘美な夢を皆で共有しているようなものだ。

しかし一旦醒めるとその薄っぺらさに気づかされる、そういう切なさも書かれている。

ただ、少女たちにとって、その瞬間はまぎれもない真実であり、その真実だけはいつまでも残るのだと思う。

それもまた書かれている…と思うよ。

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「野田地図 第14回公演 パイパー」

野田秀樹作・演出。

ダイモス…松たか子、フォボス…宮沢りえ、ワタナベ…橋爪功、キム…大倉孝二、ビオラン…北村有起哉、ゲネラール…野田秀樹、ガウイ…田中哲司、フィシコ…小松和重、マトリョーシカ…佐藤江梨子、パイパー…コンドルズ

1000年後の火星を描いたお芝居。

数値化される「幸せ」を受け入れる人々を見て、わたしは自分の感覚をどこまで信じられるだろうか、ということを考えた。

例えば、野菜をめぐる問題。

食べるための植物を野菜というのだから摂取するのは当然だという自分の感覚を、あるいは、野菜を食べることを生きたものを食べる行為として忌み嫌う自分の感覚を、絶対だと信じられるのか。

例えば、人間が生きるためにすることをめぐる問題。

生きるために、幸せになるために人間に許されるのはどこまでか。

誰が決めるのか。

幸せを幸せと感じるその感覚は正しいのか。

右手と、それを止める左手と、どちらを信じたらよいのか。

そう考えていくと、なんだか頭の中がごちゃごちゃになってくる。

ただ一つぼんやりとわかるのは、世界を目に見える形で決め付けていく行為は無意味なのだろうということだ。

鎖骨に埋められたおはじきだってそう。

死後おはじきが残らないことは、自分という存在が残らないということとは違う。

人間は、そんなものがなくても希望を持ち続けて生きられる生き物なんじゃないかな。

自分の感覚や、目には見えないけどそこにあるモノなんかを、大切にしていきたいなぁと思った。

役者陣は、豪華な上に大変すばらしかったです。

言葉もありません。

幸せなひと時でした。

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2009年始動!

明けましておめでとうございます。

正月休みも終わり、今日は仕事始めでございます。

少し年末から振り返ってみますと、2008年末は近年まれに見る大掃除への熱の入れようでございました。

重曹を買ってアパートのキッチンを磨いてみたり、魔法の万能クリームでもって実家のありとあらゆるスイッチを磨いてみたりと、目を血走らせ、髪を振り乱し、全身ホコリまみれになって掃除する様子は、傍から見ればそれはそれは鬼気迫るものであったことでしょう。

大掃除の後は地元の友達との会合へ。

1年ぶりだと思っていたら2年ぶりであったという事実に面食らい(年か…)、ファーストネームで呼ばれることに戸惑い(地元の友達ぐらいだからな。一瞬だれのことかわからんかった)、同級生との距離感ってどんなだっけと思っているうちに、酒と料理が腹の中におさめられ、次第にまあ距離感なんてどうでもいいやという気分になり、会話もはずんで、とても充実した時間を過ごすことができたのでございました。

31日は紅白を観ながらくるみを擂り、年越し蕎麦を食べ、母がNEWS好きであるという驚きの発見の中で新年を迎えました。

年が明けてからは初詣と初売りに行き、『風が強く吹いている』(三浦しをん)の影響で箱根駅伝の中継にかじりつき、涙を流し、親戚に「お年玉は…」と言われて「さすがにもういいです」と丁重にお断りし、ちょっとだけ読書をし、あとはテレビ三昧の日々を過ごしたのであります。

ということで、近年まれに見るぐだぐだの正月休みでしたが、今日からはシャキッといきますので、どうぞみなさま本年もよろしくお願いいたします。

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