急いでいなくても回っておこう

根拠を見定めることはとても大事だと思う。

ただ、今ここにある状態の根拠を辿っていくことは、正直面倒くさい。

根拠なんて知らなくても、小手先の技術さえあればとりあえず今を乗り切ることはできるのだから。

でも、そんなやり方をしていたら必ずどこかで行き詰まる。

今自分がここにある理由や行動の根源を、確認していく作業はとても大切なんだろう。

ということが、最近ようやくわかってきた。

なんだか慌ただしくて、情報があふれていて、回転の速いこの社会で、それは遠回りで悠長でなかなか意味が見出しにくい感じもするけれど、やっぱり大事にしていかなくてはいけないことだと思う。

それが、きっと強さにつながる。

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民主的な社会の形成とわたし

誰が何をどうやって決めるか。

というのは、どんなレベルの話であってもとても難しい。

自分にまかされていると思っていた判断が、そうではなかったり。

別のところで為されていると思っていたことが、自分の責任であったり。

そういう行き違いみたいなことが重なると、「誰か決めてよ」と思わないでもない。

でも、そういう行き違いやまどろっこしいところも含めて、こんなのが民主的な社会なのではないかと思ったりもする。

たとえば首長とか代表とかが自分の指揮下、監督下にすべてをおいて良し悪しを判断し、それに民衆が何の疑いもなく「わたしたちが選んだ首長、代表だから」ということで納得してしまったら、それは自分たちがつくる社会ではなく、責任を押しつけただけの社会になってしまうんだろう。

「民意」によって選ばれた人が、その事実だけを拠りどころに好き勝手やっていくのを、黙ってみていていいわけがない。

選んだ人物が何をするかも含めて、自分の責任であると。

決定権を持った人物に対し自分が何を働きかけるかも含めて、自分の責任であると。

そういった覚悟が、民主的な社会を形成するわたしたちには必要なんじゃないかと思ったりする今日この頃。

なんて。

大きな話と小さな話が混ざってますね。

単なる愚痴と反省です。

でも、身近な話は意外と何にでも通用するもんです。

結局、自分のあり方を考えることが、世の中を考えることにつながるのかな。

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1995年1月17日のこと

阪神淡路大震災から17年。

当時わたしは高校3年生で、大学受験の真っ最中。

インフルエンザが流行っていて、ちょうど妹が寝込んでいた。

わたしが住んでいた地域ではたしか震度4。

飛び起きて、真っ先に外へ逃げる経路を確保するためドアを開けに行った。

弁当を作っている母に、「ガス止めて」と声をかけながら。

熱を出して寝ていることしかできない妹が「船みたい」と言っていた。

普段どおり登校して、授業中に一人の先生が「何人か亡くなったみたいだ」と話した。

帰りに自転車置き場のおばちゃんが「100人ぐらい亡くなったらしいよ」と教えてくれた。

家に帰ってから見たテレビに映し出される映像や、時間を追うごとに明らかになる被害状況は、それまでに耳に入ってきた情報と想像をはるかに超えるもので、大きなショックを受けた。

そしてもうひとつ、わたしが衝撃を受けたこと。

交通機関、情報網の麻痺。

それまでは、事件はリアルタイムで伝わるもので、行こうと思えばどこにでも行けるというぼんやりした常識みたいなものが、高校生の自分の中にはあった気がする。

それが覆された。

わたしたちが形成している社会は実はもろく、人間も万能ではない。

そんな現実を突きつけられた。

高校生の頃のわたしは、何をしていいかわからず、結局何もしなかった。

ただ、その後報道されるボランティアの人々の姿や被災地で浮かび上がってくる課題を目にし耳にし、「自分には何ができるだろう」「今何をすべきだろう」という思いがいつも頭のどこかにあった。

そして、大学であるいは働き始めて、いろんな出会いや経験が、この震災を根っこにおいて考えるとちがう色づき方をするのをときどき感じてきた。

1995年1月17日を境に、価値観が大きく変わったと思う。

生活には、まったくと言っていいほど影響はなかったのだけど。

このことに気づいたのは、もっとずっと先。

その話はまた今度。

この経験や感じてきたことを語り継ぎ、これからも考えていくことが、今のわたしにできる確かなことだろうと思う。

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テスト問題

昨日、新聞にセンター試験の問題が載っていたので、現代文だけやってみた。

第一問の文章はなかなかおもしろくて、「時間内にテスト問題を解くために読む文章」で終わってはもったいないなと思った。

自分が中高生の頃、模試や過去問なんかで新しい文章を読むのがとても楽しみだった。

自分が知らない考え方と出会えるのもおもしろかったし、一対一でその文章と対峙する感じが好きだったのかもしれない。

でも今思えば、やっぱりそれは目の前の課題をクリアする喜びが大半を占めていたのであって、その文章に書かれていることを自分にひきつけ、自分の人生や自分が生きているこの世界について考えるきっかけとしていたかというとあまり自信がない。

センター試験を受けた受験生たちはどうだっただろう。

「私」というものを考えるうえで興味深い文章だったと思う。

受験が一段落したらもう一度、今度はじっくり時間をかけて読んでみてほしいな。

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体にやさしく

木曜日の夕方からひどい肩こりがあって、深夜には胃痛で目が覚めて、それから一睡もできなかったため、堪えきれずに金曜日はマッサージに行った。

あちこち張ったり、歪んだりしていたらしく、「心配…」と言われる始末。

正月休みすぎたかなぁ。

土日はとにかく寝て、今日は体を動かすためにスーパーまで歩いて買い物に行った。

往復40分。

薄着で出かけたけど、帰ってくるころにはじんわり汗をかくぐらいいい運動になった。

で、今日は「クックパッド」を参考に、豆腐ハンバーグを作ってみた。

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あとは筑前煮とキャベツのスープ。

わたしだってやればできるのだよっ。

時間に余裕があるっていいね。

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早送りと巻き戻し

昨日は、先日連絡をもらった卒業生2人とご飯を食べに行った。

「たばこ吸ってもいいっすか」

と遠慮がちに聞く姿がおもしろかった。

車を運転したり、仕事の話をしたり、お酒を飲んだり、結婚して子どももいたり、改めて「おとなになったんだなぁ」と思う。

わたしの中では彼らは5年前の姿で止まっているわけで、わたしの知らない時間がそれぞれに蓄積されて今の彼らがいると思うと、本当に不思議な感じだ。

でも、「先生」の前では「生徒」になってしまうんだね。

時間がねじれるみたいでおもしろかった。

にしても、最近卒業生の話ばっかだな。

人間に飢えているのかも(笑

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2012年 目標

2012年でございます。

今年もよろしくお願いいたします。

さて、年初めということで毎年恒例の「今年の目標」。(今年こそは12月31日まで覚えているぞ!)

具体的なほうが自分にプレッシャーをかけられるし、達成感も味わえるはず。

ということで、

1.一週間に一冊は本を読む。

2.なにかしら資格をとる

3.一週間に一回はブログを更新する

4.なにかしら創作活動をする

5.一週間に一回は早起きして散歩らしきことをする

のうちのひとつはやり遂げよう。

果たしていくつ続くのか、はたまた続かないのか!?

乞うご期待!!

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鍋会は鍋をつつきながら語り合えるところがいい

今日は卒業生5人が遊びに来てくれた。

塩ちゃんこ鍋を作っている間に窓拭きまでしてもらって、我が家でも無事年を越せそうです。

卒業生して5年。

いろんな経験をしたり、人と出会ったり、悩みを抱えたり、それを乗り越えたり、そうやっていろんなものが蓄積されて人って成長するんだなぁと改めて感じた。

人間性に厚みが増して、みんなとても魅力的な人になっていた。

当たり前のことだけど、わたしはわたしの人生を歩むことしかできない。

わたしの見ている世界は、わたしだけの世界だ。

そして同じように、他者が見ている他者の世界も存在する。

「わたしの世界とあなたの世界のどこが同じでどこが違うのでしょう」

ということを確かめ合いながら、互いに影響を受けたり与えたりして自分の世界を広げ、人は成長していくんだろう。

今日の鍋会はまさにそんな場で、5人それぞれの世界の一端に触れることができて、わたしもこれをきっかけにまたまた成長できるんじゃないかなと思ったりしている。

まあわたしはいちばん年上なわけだけど。

でも違う人生なんだから年齢なんて関係ない、ホント。

学ぶべきことは、素直に学べる人でありたい。

図々しいぐらい。

貪欲に。

わたしの存在も彼女たちの成長につながっているとうれしいなぁ。

卒業生諸君、お互いステキ人間になりましょう!!

ちなみに、夜には別の卒業生から電話があって、2人の元気な声が聞けた。

なんだか卒業生に縁のある日だった。

幸せだ!!

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「若」と「苦」

「人間、日々成長ですよ。昨日のわたしより今日のわたしが素晴らしい!」

と職場で叫んでいたら、たまたま通りかかった上司Sが、親指を立ててにっこり笑いながら、

「『若い』という字と『苦しい』という字は似ている」

と言い捨て、煙草を吸いに行ってしまった。

それは、明らかにけなしていますよね。

それとも、素直になれない上司Sの褒め言葉と受けとってよろしいのでしょうか。

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ばあちゃんとデート♪

今日はばあちゃんと「なばなの里」に行ってきました。

ウィンターイルミネーションではなく、昼間の「なばなの里」です。

先週買ったシルバーカーを車に積んで、2人でいざ長島へ。

「なばなの里」自体は一度行ったことがあったけど、ベゴニアガーデンには入ったことがなかったので、今日はそれを目的に行ってきました。

入場ゲートを通って、自動ドアが開くと、そこには無数のベゴニアが咲きほこっていました。

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どうやって水やりするんだろう??

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水面に映る様子は、万華鏡みたい。

途中、シルバーカーやベンチに腰かけて休みながら、ゆっくり見てまわりました。

天気がよくて、とても気持ちのいい散歩となりました。

こうやって、ちょっとずつでも一緒に外に出られるようになっていったらいいな。

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再会

仕事帰りにコンビニに寄って酒と夕飯を買うことが日課となっている。

今日に関しては食べるものはあったので、スーツ姿で22時過ぎに酒とつまみだけを買うという、表面的にはなんとも不健康な感じになってしまって、商品をレジに差し出しながら「こんなんでいいのか」と自問自答していた。

と、客の中に見覚えのある顔が。

近所に住む卒業生だった。

しばらくコンビニで仕事や友達や彼氏の話などを聞いたりして、アドレスも交換した。

「先生たちにもいっぱい心配かけた」「今の仕事は楽しいよ」

そんな言葉を聞くと本当に安心するし、うれしくなる。

今度お茶でもしようと言って別れた。

わたしは、在学生から卒業生となったことを機に先生と生徒という枠を越えて、つまり肩書きを捨てて一人の人と人として付き合えるようになる気がして、うれしくなってしまう。

在学生の時も対等な人間だということにはちがいないけれど、先生と生徒という立場はどうしたってそれだけでどちらもなにかしら構えてしまうものだと思うから。

だから、卒業生との関係性は心地いい。

卒業生たちからみたら、相変わらずわたしは緊張とかプレッシャーを与える存在かもしれないけどね…笑

偶然の再会もこれからのつながりのきっかけにしていけたらいいなと思う。

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「正しさ」の創造

他者を批判するとき、その根っこにあるのは自分への批判であることが多い。

で、それを自覚しているからこそさらに辛口になってしまっていることがあって、自分の中ではわかっているものの、相手にそれは伝わらないので、相手には無責任な批判と受けとられることも結構あるんだろうなと思ったりする。

「正しさ」を主張することはかなり難しい。

自分が万事正しいとは思っていないけれど、今、正しいと信じているものは確かにあって、大事なのはその「正しさ」を提示しあいながら、新しい「正しさ」を見出してくことなんだろう。

そういう意味でわたしはかなり恵まれていて、一緒に考えてくれる仲間や友達や家族がいることはほんとうに幸せだなと思う。

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近況 2011.10

今日、大きな仕事がとりあえず一区切りつきました。

今日にいたるまで仕事もまあいろいろあったけど、同時進行で私的なことでもいろいろあって、今日を終えられたのが本当にうれしい。

まず、夏の人間ドックで精密検査を受けるように言われていた2項目あったうち、とくに心配していた乳がん検診の結果が先日出ました。

結果は良性。

人間ドックでのマンモグラフィ検診で影がうつり、触診でもしこりがあったため精密検査となりました。

病院で超音波検査を受けた結果、そこでも「おそらく良性だろうけれども細胞診をしておきましょう」ということで、穿刺吸引細胞診を受けました。

これは、しこりの部分に針を刺して細胞を採取し、それを調べるというものです。

わたしの場合、左にあった大きなしこりは、針を刺したときはチクッとしたものの大した痛さではなく、1回で採取できました。

ただ、右のほうは小さかったからか、エコーで位置を確認するのに時間がかかりました。

さらに、針を刺してグリグリと探るときはちょっと痛かったです。

まあ、泣くほどではありませんでした。

2日後に結果が出て、「嚢胞」と診断されました。

2ヵ月間もやもやしていたので、すっきりしました。

ただ、検査結果が出るまで乳がんのことをいろいろ勉強して、今乳がんとたたかっている人たちが多くいることを知りました。

そして、早期発見のための自己検診や、マンモグラフィ、超音波検診の重要性を改めて確認しました。

わたしは前回の検診から7~8年放置していました。

これからは月1回の自己検診と年1回の乳がん検診を受け、毎日の食生活にも気を配っていこうと思います。

また、多くの人に検診を受けてもらえるよう発信もしていこうと思います。

みなさん、検診を受けましょうね。

それと、もう1つ大きな出来事が。

震災後、おばの家で生活していた祖母を、実家に連れてきました。

実家を家族で大掃除し、フローリングなのでユニット畳を敷き、祖母用の部屋をつくりました。

80歳を超える祖母は足腰も弱くなっているため、宮古から盛岡までは叔母夫婦に車で送ってもらい、盛岡駅で駅員さんに車いすの介助をお願いし、さらに東京駅、名古屋駅に連絡してもらって、それぞれの駅でも車いすの介助をしていただきました。

最初はみんな不安に思っていたのだけど、いろんな人に助けられて無事に三重に連れてくることができました。

とくに駅員さんたちには親切にしていただき、これなら公共交通機関でも自信をもっていろんなところに行けるなと思いました。

まだ一週間しかたっていないので何とも言えませんが、楽しくやっていけたらなあと思います。

とりあえず近況報告でした。

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図々しさをもって

今日は同僚のNさんが仲間とやっている「アトリエ」の掃除の手伝いに行きました。

油絵のにおい、暖炉、桜の木、川のせせらぎ、人懐こい猫の「プリン」。

「アトリエ」は素敵な場所でした。

1000坪あるという土地の一部、刈られた草を集めたり、溝の泥さらいをしたり、筆をふくための布を切ったりしました。

そのあとNさんのお家に行って、Nさんのご家族と一緒に焼肉を食べました。

同僚の家族となんていう珍しい人たちとの夕飯ということで、とても楽しい時間を過ごすことができました。

人のお家に行くと、違う文化に触れるようでおもしろい。

図々しいかなとも思うけど、こうやって関係性を築いていくのもいいなと思いました。

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紀宝町ボランティア

昨日、きよみさんと一緒に紀宝町に行ってきました。

10時ごろボランティアセンターで受け付けをして、それからマッチング。

8人のグループで大里地区にあるお家のお手伝いに行きました。

1階が浸かったそのお家では、壁をはがす作業をしていました。

わたしたちははがされた壁を運んだり、流木が散乱している庭を掃除したりしました。

休憩時にはご主人からいろんなお話も聞かせていただきました。

金がたくさんあれば、すぐに業者に入ってもらうこともできるだろう。

でもそうじゃないから、国からどれくらい出るのかとか、様子を見ながらできるところは自分たちでとなる。

でも、一人でやっていると、あれもやらなければ、これもやらなければと落ち着かない。

ボランティアさんに来てもらって本当に助かる。

台風の後、観光客も減っている。

こちらの様子もわからないだろうし、気が引けるのもわかる。

でも、こんなときだからこそ、たくさんの人に来てほしい。

自分たちもがんばらなくちゃいけない。

台風12号の被害については、奈良、和歌山が大きく取り上げられていますが、三重もまだ復旧への道のりの途中です。

もう2週間以上がたつのに、現地ではまだまだ片づけにおわれています。

通行止めのため、ボランティアが入っていけない地区もあるということです。

高齢者が多い地域なので、ボランティアの存在は大きいだろうなと思います。

また、多くのものを失って、気落ちしている人もいるかもしれません。

すばらしい景色のある南紀。

観光地としての活気を取り戻せるよう、まわりのわたしたちも行動できたらなと思います。

作業が終わってボランティアセンターに戻ると、お茶とおにぎりが用意されていました。

おにぎりは、地元の神内小学校の5、6年生が作ったお米を寄付していただいて作ったものだそうです。

新米で作ったおにぎりは、本当においしかったです。

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復旧支援 台風12号

7、8日と、台風12号で大きな被害のあった三重県紀宝町の支援活動に行ってきました。

小学校に行って、洗浄作業や捨てる物の運び出しをしました。

まだ断水状態であるため、水はとても貴重です。

こちらからタンクに水を入れて車に積んで向かいました。

同じ川沿いでも、ちょっとの高低で被害の大きさが全然違うようです。

わたしたちが行った小学校は、2mぐらいのところまで水につかったようで、保健室にあったはずのソファがグラウンドのサッカーゴールの上に乗っかっているような状態でした。

周りの家々も、畳や家具が外に運び出されていて、その様子は東北で被災した町と重なりました。

泳いで逃げた人や、体は水につかりながら助けを待っていた人たちもいたようです。

勝浦の知り合いは「景色が変わってしまった」と言っていました。

かつて海山や宮川が被災した時は、2カ月経過してからもボランティアが必要だったという話を聞きました。

今回の紀伊半島の被災地も、息の長い支援が必要だと思います。

ボランティアセンターも立ちあがりました。

みんなで協力して復旧にむけてとりくみましょうね。

わたしもまた現地に行きます!

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人間ドックに挑戦

人間ドックに行ってきました。

人生初でございます。

痛かったり、苦しかったり、恥ずかしかったり、というのが多少ありましたが、終わってみたらなんてことない。

しかし。

今日の時点ですでに2項目について精密検査を受けるようにと言われてしまったわたし。。。

ちゃんとした結果が送られてくるのは3週間後なのに。

「経過観察にしときましょう」というのもいくつかあって、急に自分の体に自信がなくなりました。

これが年か、加齢というやつなのか!

血圧とか血液検査とかはかなりいい数字みたいなんだけどなあ。

40歳以下でも、人間ドックはちゃんと受けたほうがいいですね。

早く精密検査受けてスッキリしたいゎ。

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念願

なんと、今日、豊島ミホさんに会ってきました!

リブロ名古屋でおこなわれたサイン会に行ったのです。

少し前に豊島さんのブログで名古屋にいらっしゃると知り、ものすごい使命感にかられて、ファンレターまで書き、会いに行ってしまいました。

ファンレターを書くのなんて初めてだし、講演会以外でサイン会に行くのだって初めて。

なぜか豊島さんにはファンとしての想いとか、感謝の気持ちとかを伝えたいと思ったのでした。

かなり一方的で勝手な想いではありますが(笑)

『夏が僕を抱く』を買って、それにサインをしてもらいました。

豊島さんは、

「スペースがあいてるから、なんか書こ」

と言って、ド○モだけみたいなキャラを描いてくれました。

となりにいた、吉川トリコさんや宮木あや子さんに「何それ」と突っこまれていました。

ちょっと名前にまつわるやりとりがあって、もっとなんか言わなきゃ、なんか言わなきゃと思いながら、でももうただただ緊張して、結局「よかったら読んでください」と手紙を渡すことしかできませんでした。

なんだそりゃ、ラブレターか!

本人目の前にしたら、なんも言えんかったぁ。

でも、長年の念願かなったし。

なんだか、顔がにやけてきてしまいます。

かなりハッピーな気分です。

豊島さんは笑顔でお話してくれて、とてもかわいかったです。

デパ地下で夕飯を買って、帰り道にあるコンビニでビールを買って、今日は豊島さんに会えたお祝いです。

1年半ほど小説を読んでいませんが(読む気になれんかった…泣)、明日は一日あいているから、『夏が僕を抱く』を読んでみようかな。

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帰省

お盆に岩手県宮古市にある祖母の家に行ってきました。

自分では、そんなに久しぶりという気はしていなかったのだけど、10年ぶりぐらいだったみたい。

会う人、会う人がみなさん年齢を重ねているのが印象的でした。

とくに、小さかったときのイメージしかない従妹から就職説明会に行った話を聞いたり、これまたやんちゃだったころのイメージしかない従弟から名刺をもらって仕事の話をしたり、感慨深いものがありました。

祖母の家は、大工だった祖父が建てた昔ながらの家。

急な階段は、今でもかなり怖いです。

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電話も懐かしい黒電話。

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震災以降、眠れない日があったりする祖母ですが、わたしたちが行った2日目はよく眠れたようで、笑顔も見せてくれました。

地震当日は、前の家の人が一人暮らしの祖母を連れて避難してくれたそうで、ご近所のみなさんには本当に感謝です。

家に帰ってから叔母夫婦が迎えに来るまでの数日間(津波の影響でなかなかたどりつけなかったらしい)、寒さの中、停電の続く家で布団をかぶって過ごしたという話をしてくれました。

ガスはつうじていたのか、湯たんぽの水を何回も温めなおしたとも言っていました。

駅から祖母の家に行く途中の橋は、やっと歩行者が通れるようになっていましたが、となりにあったはずの鉄橋は半分なくなっていました。

街中では、新しい信号機がまだ使用できない状態なのか、点灯していないものがたくさんありました。

父のお墓のある墓地は、津波で流されてきた消防車がつっこんだとかで、壁が崩れていました。

母が結婚前に勤めていたお菓子の問屋さんは、津波で一階のお店は今は使えない状態でした。

祖母の家にお参りに来た親戚は、とにかく逃げたという話をしてくれました。

初盆のお参りに行った親戚の家は、ようやく床板ははったものの、畳がまだ入らないということでした。

知っている人たちから津波の話を聞くのは、なんだか変な感じでした。

ボランティアに行った先でお話を聞かせていただいたときとはどこか違う感じ。

わたしの「日常」にちょっとだけつながっているからかもしれません。

自分のこととして感じたり、とらえたりすることって、難しいんだなと改めて思います。

それでも、想像することや思いに寄り添う努力はしてかなあかんとも思います。

それが人ってもんだ!!

と自分に言いきかせつつ。

2泊3日という短い期間。

祖母の家を出るときは、思わず涙ぐんでしまった。

今度は10年も間をおかずに、またみんなに会いに行こう。

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「復興市場」をご存知ですか?

みなさん、「復興市場」(http://fukkoichiba.com/)をご存知ですか?

被災地の地元商店から支援物資を購入し、被災地の人たちに送ることができるショッピングサイトです。

個人でこれだけのことをされるのは本当に大変なことだと思います。

被災地の人たちとつながり、つながり、支援を続けておられる山崎さんご夫婦を尊敬します。

支援の方法はいろいろあります。

これからも、被災されたみなさんはもちろん、このとりくみも応援していきたいです。

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