お盆に岩手県宮古市にある祖母の家に行ってきました。
自分では、そんなに久しぶりという気はしていなかったのだけど、10年ぶりぐらいだったみたい。
会う人、会う人がみなさん年齢を重ねているのが印象的でした。
とくに、小さかったときのイメージしかない従妹から就職説明会に行った話を聞いたり、これまたやんちゃだったころのイメージしかない従弟から名刺をもらって仕事の話をしたり、感慨深いものがありました。
祖母の家は、大工だった祖父が建てた昔ながらの家。
急な階段は、今でもかなり怖いです。

電話も懐かしい黒電話。

震災以降、眠れない日があったりする祖母ですが、わたしたちが行った2日目はよく眠れたようで、笑顔も見せてくれました。
地震当日は、前の家の人が一人暮らしの祖母を連れて避難してくれたそうで、ご近所のみなさんには本当に感謝です。
家に帰ってから叔母夫婦が迎えに来るまでの数日間(津波の影響でなかなかたどりつけなかったらしい)、寒さの中、停電の続く家で布団をかぶって過ごしたという話をしてくれました。
ガスはつうじていたのか、湯たんぽの水を何回も温めなおしたとも言っていました。
駅から祖母の家に行く途中の橋は、やっと歩行者が通れるようになっていましたが、となりにあったはずの鉄橋は半分なくなっていました。
街中では、新しい信号機がまだ使用できない状態なのか、点灯していないものがたくさんありました。
父のお墓のある墓地は、津波で流されてきた消防車がつっこんだとかで、壁が崩れていました。
母が結婚前に勤めていたお菓子の問屋さんは、津波で一階のお店は今は使えない状態でした。
祖母の家にお参りに来た親戚は、とにかく逃げたという話をしてくれました。
初盆のお参りに行った親戚の家は、ようやく床板ははったものの、畳がまだ入らないということでした。
知っている人たちから津波の話を聞くのは、なんだか変な感じでした。
ボランティアに行った先でお話を聞かせていただいたときとはどこか違う感じ。
わたしの「日常」にちょっとだけつながっているからかもしれません。
自分のこととして感じたり、とらえたりすることって、難しいんだなと改めて思います。
それでも、想像することや思いに寄り添う努力はしてかなあかんとも思います。
それが人ってもんだ!!
と自分に言いきかせつつ。
2泊3日という短い期間。
祖母の家を出るときは、思わず涙ぐんでしまった。
今度は10年も間をおかずに、またみんなに会いに行こう。
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